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2007-12-26 10:37
ロシア情勢の予見可能性の高まり
須藤繁
シンクタンク研究員
これまでロシア情勢の評価に関しては、予見可能性の欠如が指摘されてきたが、9月の首相交代、統一ロシアの党大会でのプーチン大統領の「2008年3月に首相になるのも一つの選択肢である」との発言は、ロシア情勢に関する予見可能性の高まりという点で大きな意味をもつものであった。また、12月に入ると、2日に実施...
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2007-12-25 16:21
温暖化対策をめぐる国際政治上の駆け引き
鈴木馨祐
衆議院議員
バリ島で行なわれていたCOP13が閉幕した。ポスト京都議定書、つまり京都議定書の期間後である2013年以降の温室効果ガス削減のスキームの議論が本格的に幕を開けたといっていいだろう。結局成果文書は最後の段階で数値目標を盛り込まずに「玉虫色の決着」と相成ったわけであるが、詳細は報道に譲るとして、一つ注...
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2007-12-24 12:35
日中は「地球のドクター」のパートナーたれ
岩國哲人
衆議院議員
10月に開かれた中国の第17回共産党大会では、国土建設、経済計画、環境問題について新しい方向が打ち出されました。中国にも「成熟した開発」とも言うべき歴史の新段階が始まるのでしょう。一方わが国でも福田内閣がスタートして、外交の姿勢はアジア重視外交への転換が鮮明になり、その意欲の表れとして、年内訪中が...
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2007-12-24 12:22
連載投稿(1)世界貿易長期展望プロジェクトを振り返る
池尾愛子
早稲田大学教授
2007年には化石燃料や他の再生産不可能な資源の価格が上昇し、今後もさほど下がらない見通しが出ている。そのため、ビジネス現場で新たな対策(鍵となる資源の調達先の確保・拡大)が打ち出されたり、化石燃料など天然資源の問題の分析が研究者たちに降りかかったりしているように見受けられる。そして、資源ナショナ...
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2007-12-20 16:25
外交の場で日本産品をPRする意義
西川恵
ジャーナリスト
一見、些細なことだが、外交の場におけるもてなしという意味で、いま面白い動きが出ている。今年12月、世界各国の日本大使公邸で開かれた天皇誕生日レセプションで、試験的に日本産ワインが振舞われたが、これが予想以上の反響を呼んだ。来年から他公館に広げるが、外務省は大使公邸に日本産ワインを常備し、大人数のレ...
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2007-12-18 12:09
日本はより積極的な対ミャンマー政策を検討せよ
田島高志
東洋英和女学院大学大学院客員教授
先日1年ぶりにミャンマーを訪問した。最近のデモ騒動と武力鎮圧及び長井さんの不幸な殺害事件の後であり、現地の様子を直接観察する機会となった。デモ騒動の背景についてミャンマーの有識者の大方の見方は、最近の急激な物価上昇により市民の生活が苦しくなり、僧侶への寄進が激減したため、特に若い僧侶の生活が困難と...
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2007-12-13 22:39
印象の薄かった第3回東アジア・サミット
河合正男
白鴎大学客員教授
11月21日にシンガポールにおいて第3回東アジア・サミットが開かれた。東アジアの10プラス6の首脳が一堂に会したにしては報道振りが小さかった。報道内容でも、印象に残るものが乏しかった。いつの間に終わってしまったのか、という感じである。公式発表的に言えば、「気候変動、エネルギー及び環境に関するシンガ...
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2007-12-10 20:10
南開大学の学生たち
岩國哲人
衆議院議員
1999年10月8日、成田から北京に到着し、高速道路を走って、天津市に入った。特徴のある故毛沢東主席の筆になる「南開大学」の額がかかる門をくぐって外賓宿舎に入る。その夜は、夕食を済ませてから、星空の下、構内を歩いて図書館を視察した。夜9時を過ぎても10時の閉館ぎりぎりまで読書室やインターネットルー...
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2007-12-07 10:05
パブリック・ディプロマシー不在だった日米首脳会談
伊奈久喜
新聞記者
12月2日の朝刊各紙で報道された外交に関する世論調査の結果は、近年になく興味深い。中国や韓国との関係が改善したと感じるひとが増え、日米関係については「良好だと思う」が76.3%。極めて高い数字だが、前年より6.4ポイント減った。逆に「良好だとは思わない」は8.8ポイント増え、20.4%。質問を始め...
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2007-12-06 22:52
台湾問題と東アジアの地域秩序
小笠原高雪
山梨学院大学教授
最近、中国から来た複数の若手研究者と会話を交わす機会があった。一人は長期の滞日経験をもつ日本通であり、もう一人は今回が初めての来日ということであった。二人ともざっくばらんな人柄であり、中国社会の抱える問題点や日中関係の将来などのさまざまな事柄について、事前に期待していた以上に率直な会話をできたこと...
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2007-12-05 16:26
大いに意義をもつ黒海地域との対話
木下博生
(財)日米平和・文化交流協会理事
去る11月21日にグローバル・フォーラムの主催で開催された第2回「日・黒海地域対話」に出席した。黒海周辺地域の12カ国で構成する黒海経済協力機構(BSEC)との対話シンポジウムで、数多くの人達が出席していた。「激動する世界における日本と黒海地域」をテーマに活発な意見交換が行われたが、正直言って、私...
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2007-12-03 14:03
連載投稿(2)地球温暖化対策で消極姿勢を転換したOPEC
須藤繁
シンクタンク研究員
他方、今次サミットでOPECは、地球温暖化問題に対するこれまでの消極的な姿勢を転換し、産油国としても二酸化炭素(CO2)削減などに取り組む方針を打ち出した。これは重要な決定である。この点に関しリアド宣言は、まず「エネルギーの使用と結び付けられるグローバルな環境問題を取り上げる一方、現在と将来のエネ...
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2007-11-30 11:45
連載投稿(1)原油価格高騰をめぐるOPEC内の相克
須藤繁
シンクタンク研究員
OPEC(石油輸出国機構)は、11月17~18日、サウジアラビアのリヤドで、首脳会議を開催した。18日採択されたリヤド宣言前文は、各国元首は、1975年アルジェリア、2000年カラカスで開催した首脳会議の精神を踏襲し、サウジアラビア国王からの招待を受け入れ、第3回首脳会議を開催したとしている。また...
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2007-11-29 14:20
連載投稿(2)国際経済協会世界大会のイスタンブール開催
池尾愛子
早稲田大学教授
もちろん、黒海経済協力機構(BSEC)をつうずる黒海地域の繁栄、加盟国間の経済的・機能的協力、安定性、良き統治に対する期待は(域外からも)極めて大きい。その背景には、黒海地域の「エネルギー回廊」としての役割の増大がある。資源大国ロシアからエネルギーに飢えるヨーロッパへの天然ガス・パイプラインが黒海...
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2007-11-28 17:34
連載投稿(1)ソ連解体後の黒海経済協力機構の誕生
池尾愛子
早稲田大学教授
11月20-21日に、グローバル・フォーラム、黒海経済協力機構(BSEC、ビーセック)、駐日トルコ大使館、静岡県立大学の共催で、第2回「日・黒海地域対話:激動する世界における日本と黒海地域」が東京で開催された。来年2008年6月に国際経済協会(International Economic Asso...
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2007-11-27 18:27
天皇の叡慮
岩國哲人
衆議院議員
2005年6月2日の衆院予算委員会で、私は小泉総理に次のように質問した。
岩國「まず最初にお伺いします。天皇陛下は靖国神社に戦後、何回参拝しておられますか」
小泉総理「調べておりませんので、何回参拝されたかは存じておりません」
岩國「調べていないというのは、間違いではありませんか。...
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2007-11-27 01:01
ピークオイル対策として期間限定の炭素税を導入せよ
小倉 正
アルバイト
日本政府が国際交渉を前向きに引っ張れるとすればその根拠は、やはり国内の政治的な空気が前向きで政策導入の実績があがっている場合に限られます。石油価格高騰の折から、環境省がここ数年進めてきた新規の炭素税の導入は、少なくとも自民党政権の下では不可能でしょう。従って早急に国際標準の「キャップ&トレード型」...
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2007-11-22 19:18
経済構造改革とは何であったのか
湯下博之
杏林大学客員教授
11月9日付の日本経済新聞は「首相、新成長戦略を指示」との見出しで「福田康夫首相は8日の経済財政諮問会議で『新しい成長戦略のコンセプトや政策のメリハリのつけ方について早急に検討を開始してほしい』と述べ、成長力を強化する新経済戦略の策定を指示した。諮問会議で11月下旬から議論を開始し、政府が来年1月...
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2007-11-22 12:46
「衆参ねじれ国会」と国会改革
伊藤英成
元衆議院議員
先般、ある政策情報誌11月号の「視点」欄に、現下の日本の「ねじれ国会」についての拙文が掲載された。その要旨、言わんとするところは次のようなことである。先の参議院選挙の結果、参議院は野党が過半数を占めた。その結果、衆議院は与党が、参議院は野党が、それぞれ拒否権を持つこととなった。政治は国家・国民のた...
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2007-11-20 12:05
私の記憶の中の「冷戦」
佐島直子
専修大学教授
本欄への私の10月22日付け投稿(382号)において、「記憶としての冷戦」が急速に遠ざかっている、と書いた。思うところがあり、しばらく「冷戦」の記憶を追ってみたい。私は2001年に19年勤務した防衛庁(当時)を退官し、専修大学に奉職したが、防衛庁を辞めた理由はただ一つ、「元気になりたい」からだった...
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