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2012-05-21 00:02
(連載)世界ウイグル会議は「蟻の一穴」になるか(2)
六辻 彰二
横浜市立大学講師
経済では1990年代以降、中国政府は沿岸部と比べて経済成長の遅れていた内陸部、特に西部地区の重点的な開発を掲げました。「西部大開発」のスローガンのもと、新疆ウイグル自治区にも沿岸部から多くの中国企業が流入しました。これは一面において、過当競争になった沿岸部の企業に、新たな進出先を提供するものでもあったのですが、いずれにせよタリム盆地の天然ガス開発やトルクメニスタンなどからの石油パイプライン建設など、西部大開発の恩恵を新疆住民も享受することができるようになりました。ただし、一方で民族間の所得格差も大きいと考えられます。新疆では漢人が都市に集中し、一方でウイグル人など少数民族は農村部ほどその人口比率が高まります。新疆ウイグル自治区人民政府の統計によると、都市住民の平均所得が5428.91元であったのに対して、農村住民のそれは1473.17元でした。これは直接的に民族間の所得格差を示すものではありませんが、少なくとも漢人と少数民族の間の格差を推し量ることはできます。そして、この所得格差が民族間の摩擦を呼んだとしても不思議ではありません。
文化では漢人の人口比率が高まるにつれ、少数民族なかでもムスリムのウイグル人との間に文化摩擦も頻発するようになりました。中国では「信仰の自由」はあっても「宗教の自由」はありません。つまり、個々人が内心で何を信仰するかの自由はあるのですが、例えば集団礼拝などの宗教行事には多くの規制があります。新疆ではモスクや聖職者が政府直属の「中国イスラーム協会」の管理下に置かれ、政府認定のカリキュラムを経なければ聖職者にはなれません。イスラーム国家サウジアラビアなどでもやはり政府がイスラームを管理していますが、少なくとも公式には社会主義を奉じる中国政府がイスラームを管理することは、「政府による宗教への介入」の様相がより濃いものと言わざるを得ません。また、私も新疆ウイグル自治区に行ったことがありますが、漢人の肉屋では豚肉が平然と売られており、なかにはその頭が転がっていることも珍しくありません。ムスリムのウイグルからみたとき、これは文化的な挑発とすら映ることでしょう。
これらの背景に基づき、新疆ウイグル自治区では冷戦終結後の1990年代の初めから、ウイグル人による暴動やデモが定期的に発生するようになりました。それと並行するように、かねてから国外で活動していた在外ウイグル系団体も活動を活発化させました。それらは大きく二つの系統に大別され、一方には「民族の自決権」といった世俗的な人権規範を掲げるグループが、他方にはイスラームの価値を掲げ武装闘争も辞さないグループがあります。どちらも1990年代から急速に勢力を拡大させましたが、チベットとの最大の違いは、抵抗運動が一本にまとまっていないことです。今回、東京で国際会議を開いた「世界ウイグル会議」は、世俗主義グループが2004年に集まってできた連合体で、ここに所属しない世俗主義グループもあります。例えば、やはり2004年にワシントンD.C.で樹立が宣言された「東トルキスタン亡命政府」は、「世界ウイグル会議」と距離を置いています。一方でイスラーム系武装組織はイスラーム国家の樹立を目指し、国際世論に訴えるといった手法ではなく、新疆内部でのテロ活動などに重点を置いています。なかにはアルカイダやタリバンとの連携が指摘される組織もありますが、ともあれその活動の手法、目標ともに一枚岩でなく、派閥争いが顕著なところが、在外ウイグル系団体の特徴といえるでしょう。
これら在外ウイグル系団体の活動と相まって、1990年代以降に活発化した新疆内部でのウイグル人による騒乱を、中国政府は「分離主義者に扇動されたテロ行為」と位置づけ、「厳打」と呼ばれる厳罰主義で臨んでいます。中国政府による発表では、1990年から2002年までの間に、新疆では約200件の「テロ事件」が発生し、162名が死亡し、440名以上が重軽傷を負っています。2001年以降のアメリカ主導による「対テロ戦争」が華やかなりし頃は、「ウイグル反政府勢力=テロリスト」の主張による中国政府の弾圧は、西側諸国から黙認されてきました。しかし、「対テロ戦争」がやや下火となり、さらに中東一帯で「アラブの春」が吹き荒れた後となっては、少なくともそのレトリックで全てを正当化することは困難です。世界ウイグル会議のカーディル議長が言うように、「強い国家があってこそ個人の権利が守られる。だから強い国家が最優先だ」という中国の人権論が、グローバルな人権規範から大きく逸脱していることは、もはや隠しようがないと言えるでしょう。(つづく)
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