オバマ政権で「アラブの春」が起こる頃、米国に見捨てられたのはパキスタンです。パキスタンは中国共産党寄りになり、「中国パキスタン経済回廊 CPEC」を通して、「一帯一路」の経済圏に組み込まれています。パキスタンの隣がアフガンで、アフガンはまさに中国の西の「緩衝国家」としての役割を担っています。「シルクロードの再興」は一帯一路全体図です。「中パ経済回廊」(産経新聞より)は、グワダル港から新疆ウィグル自治区のカシュガルに到るまでの重要なルートです。グワダル港はアラビア海(特に隣国イラン)から原油を新疆ウィグル自治区のクラマイ(石油の町)まで運ぶ最短の陸路になります。米国が「自由で開かれたインド太平洋」を掲げ、「中国包囲網」を強化する中、この「中パ経済回廊」は、中国にとってインド洋ルートを使わずにアラビア海から物資を運ぶ物流の重要拠点です。
ところが、この回廊はパキスタン国内の民族紛争地域をつないでいます。グワダル港は最大州バロチスタンに位置しています。この州のバローチ人(ペルシャ系)はアフガンにも多く、民族主義が強く、パキスタン中央政府に敵対し、また、バローチ解放軍(BLA)は中共に敵対し、グワダルでの殺害事件も起こしています。また、パキスタン北部のギルギット・バルチスタン州はインド・パキスタン紛争地カシミールの一部で、中国とアフガニスタンと接している戦略的要地です。パルチスタン人はチベット系です。この回廊のどこを通っても、民族紛争の火種ばかりです。このように、中共が「グレート・ゲーム」に参戦し、米英及び「自由で開かれたインド太平洋」主要国と対峙しています。そして、地政学的にアフガニスタンがその「緩衝国家」と位置づけられます。ロシアはこのゲームで手を汚すことなく、漁夫の利を得ようと虎視眈々と見守っています。
さて、中共がタリバン政権を取り込むのでしょうか。否。アフガンと中共とには絶対に相容れない点があります。タリバン政権は基本的にイスラム教原理主義に基づく聖俗一体の政体です。近代市民社会的な「宗教上の寛容」やいわゆるダイバーシティがどのくらい機能するか見当がつきません。そして、中国は共産党が指導する一党独裁体制で、政権があらゆる宗教の権威の上にあります。チベットやウィグルへの人権弾圧、ジェノサイドを見れば、共産主義がいかに全てを根こそぎにするのかが分かります。そのため、当面は経済的利益のためにタリバン政権が中共に歩み寄ったとしても、いずれタリバンはジハード(神の国を実現するための聖戦)を始めるでしょう。そして、この戦いは最も無慈悲で悲惨なものになると同時に、周辺のイスラム国を巻き込み、複雑な民族対立を引き起こすことになります。そうした混乱の中、中共は中央アジア諸国の資源を狙っています。
私が最も心配することは、ケシ栽培に大きく依存するアフガンの産業構造です。タリバン政権が、国民経済を近代化できるとは思えません。おそらく、タリバン政権内での分裂が起こり、中共の支配下でケシ栽培に依存した一次産品経済を続け、貧困と恐怖と巨悪がアフガン国民を支配するでしょう。(おわり)