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2020-12-07 10:21
(連載2)「ユーラシア地政経学における中国」を視る眼
三船 恵美
駒澤大学教授/GFJ有識者メンバー
Ⅳ 「2027年」を如何に考えるのか?
4つめのポイントに話を移しましょう。
4つめのポイントは、ユーラシアの地政学を考えていく上で、「2027年」を如何に位置づけるのか、という問題認識です。
10月26日から29日にかけて、中国共産党第19期中央委員会第5回全体会議、いわゆる「5中全会」と呼ばれる重要会議が北京で開催されました。5中全会では、来年からの5カ年計画と2035年までの長期目標の策定が行われました。
この5中全会について、筆者は次の2点に注目しました。
第一に、「後継者」が確定されなかったということです。これまで、江沢民氏と胡錦濤氏は鄧小平氏によって最高指導者として指名されました。習近平氏の場合には、10年前の5中全会において党軍事委員会副主席に就いたことで、胡錦濤氏の次が習近平氏であると公表されたのです。しかし、今回の五中全会では、「ポスト習近平のお披露目」がありませんでした。そこで、「ポスト習近平」が習近平自身であるとも予測できます。
党大会時点で68歳以上は引退という中共の内規に拠れば、習近平氏は2022年の党大会で引退するものと、かつてはみられていました。しかし、2018年3月の全国人民代表大会で国家主席の任期制限を撤廃する憲法改正を行い、2023年以降も権力の座に居る布石を敷いていたこと、また今年の五中全会で「ポスト習近平」を公表しなかったことで、「2035年を見据えた長期政権」を習近平がねらっていると考えられます。習近平氏が腐敗撲滅キャンペーンを展開し、腐敗の名目のもとで、多くの敵対勢力や抵抗勢力を粛清し、時には「自殺という処理」もしてきたことを考えると、習近平氏は、簡単に引退することはできません。「ポスト習近平」が公表された時点で、習近平は「レームダック化」することになるからです。
つまり、中国の習近平氏もアメリカのバイデン次期大統領のように、「トップリーダーとしての集大成」を82歳に設定しているのではないでしょうか。
5中全会で注目した2点目は、「2027年」を如何に捉えるのか、ということです。
5中全会は、国防について、「国家の主権、安全保障、発展の権益を守る戦闘能力を向上させ、2027年の建軍100年の奮闘目標の実現を確保する」と提起しました。
この「2027年の建軍100年の奮闘目標の実現を確保する」という提起については、2027年までに、習近平氏は「力による台湾統一」を設定しているのではないでしょうか。
と言うのは、米軍が2027年を目途に政策と戦略を転換し米軍を再編しているからです。
例えば、今年3月、アメリカ海兵隊のバーガー総司令官が、「戦力デザイン2030」を公表し、今後10年間で目指す方針を示し、戦力構成を抜本的に見直し、対中国戦略にシフトする姿勢を鮮明にしています(ただし、この報告書は意見徴収するものであって、確定したものではありません。また、バイデン次期米政権の外交・安全保障チームについて、本稿脱稿時には、民主党内の左派勢力の反発によって、国防長官が明らかになっていません。有力視されていたミシェル・フロノイ元国防次官であれば、米軍の方向性が大きく変わることはないとの予想報道が少なくありませんが、2020年選挙における民主党内の左派躍進を考えると、あくまでも「方向性」の話になります)。アメリカ海兵隊は、2027年までに対艦ミサイルなどを装備した「海兵沿岸連隊(MLR)」を3隊創設して、沖縄とグアムとハワイに配置することにしました。既にハワイでは1隊目の編成が始まっており、沖縄とグアムに設置予定についても「2027年までに完全な運用体制が整う見通しだ」とバーガー総司令官が明言しています。MLRは、長距離対艦ミサイルや対空ミサイルを装備し、有事の際には島嶼部に分散展開し、陸上から中国軍艦艇を攻撃して、米海軍による制海権確保を支援するのが主な任務となります。
そのような米軍の戦略転換が完了する前に中共としては台湾に対する行動を完了したい、という意味で、2027年が目標期限に設定されているのではないでしょうか。
一方、「14億人以上の人口を抱える中国」は、「途上国として初めての高齢社会」へ突入しようとしています。2025年には、「高齢化社会」から「高齢社会」へ移行し、2027年に年金積み立てがピークになり、2028年をピークに人口減少へ転じ、2035年に国家年金基金の積立金が底をつき、2036年に「超高齢社会」へ移行するとの予測も出されています。
安全保障問題と中国の年金問題や社会福祉問題を併せて、この「2027年問題」を考えるならば、ユーラシアの安全保障は近い将来に一つの大きな転換を迎える可能性が低くはありません。
Ⅳ むすびにかえて 「フィンランド化」するアジア
それでは、最後の5点目に話を移しましょう。
「一帯一路」を通して、二国関係を強化してきた中国は、ユーラシアとインド洋で、「線」から「面」での展開能力を高めようとしています。もはや、中国を封じ込めるという発想は現実的ではありません。
台頭する中国との「地政学」を念頭に置いたアメリカのトランプ政権による「インド太平洋戦略」を、中国はバイデン政権以降に、経済関係を軸に置いた「アジア太平洋」という枠組みに置き換えたいと考えています。バイデン政権移行後、「インド太平洋戦略」の「名称」は変わることになるかもしれません。グローバルなサプライチェーンが進んできた現在、経済全般の「分断(デカップリング)」は不可能であり非現実的でもあります。新政権移行後、アメリカは安全保障に直結する機微な技術の分野で部分的に中国を分離していこうとすることになるでしょう。また、ミッシェル・フロノイ氏の人事が公表に至れていないアメリカ国内の政治事情を考えますと、米中関係が、好転しないまでも、中国には現在よりもベターな環境になる可能性が見えてきます。
アメリカのバランサーや同盟としての信頼が崩れれば、アジアの中小国は自国の「生存」のためにバンドワゴンや二者択一ではなく「フィンランド化」による中立を選択肢に考えることになるでしょう。「フィンランド化」とは、第二次世界大戦後のフィンランドが独立国家でありながらソ連の強い影響下におかれ、国家としての主体性を著しく制限されたという解釈に基づき、隣接する大国の移行に政治的に隷属する国家になってしまうという比喩的表現です。デンマーク国際関係研究所上級研究員のハンス・モウリッツェンは、2017年に、アジアの小国が「フィンランド化」することを
Survival
誌で論じていました。また、地政学者でユーラシア・グループのロバート・カプランは、やがて日本が「フィンランド化」に向かうと2019年の
Foreign Policy
で論じていました。
中国の脅威へ対抗するための安全保障政策でアメリカに頼らなければならないアジア諸国は、経済政策では中国との直接取引に加えて東南アジアや中央アジアも含めた中国勢力圏を見据えなければならず、米中によって二分される選択を迫られる事態になれば、難しい立場になっていきます。少子高齢社会が深刻化している日本も、今後の人口動態とそれにともなうマーケットの縮小を考えれば、「最大の脅威国である中国」と如何に付き合っていけるのかを探っていかねばなりません。現在の米中関係を研究する者には、「アメリカの撤退論」「米中選択論」とともに「アジア諸国のフィンランド化」という可能性も検討していくことが求められることになるでしょう。
東南アジアの諸国を親中派・中間派・強硬派に分類しようとしても、現在、対中強硬派はいません。南シナ海での領土問題を抱えていても、経済的に中国への依存を強める東南アジアの諸国では、コロナ禍の現在、中国にとって、より有利に経済依存関係なっています。タイとマレーシア以外の東南アジア諸国では中国優位の分業体制が進展していることから、中国が「安全保障における最大の脅威」となっている国であっても、「膨脹する中国」と対峙していくことは益々難しくなっています。
南アジアや西アジアといったユーラシアの他の地域においても、中国の対外戦略にとって有利な環境づくりが進んでいます。例えば、「新たな3強時代」に入った中東地域において、トランプ政権下のアメリカとイランの関係を利用して、中国はイランとの関係を深めています。イランのモハンマド・ジャヴァード・ザリーフ外務大臣が2019年5月にパキスタンを訪問した際、パキスタンのグワダール港とイランのチャーバハール港を結ぶ提案を発表したことで、中国とイラン(チャーバハール港)とパキスタン(グワダール港)を結ぶ構想が注目されています。オマーン湾に面するイラン南東部スィースターン・バルーチェスターン州のチャーバハール港は、パキスタンとの国境から約100km、パキスタンのグワダール港から約140kmしか離れておらず、インド洋側からのアクセスが容易な地点にあります。イランはアフガニスタンともチャーバハール港を両国間の物流拠点とすることで合意していることから、「中国・パキスタン経済回廊」(China Pakistan Economic Corridor:CPEC)とチャーバハールの接続によって、「一帯一路」沿線国のネットワークを、イランからアフガニスタン、トルクメニスタン、カザフスタン、そして、アゼルバイジャンからロシアやトルコへの接続圏を「線」のみならず「面」で拡げることに繋がります。また、チャーバハール港とCPECの連携構想は、そこにおける「線」や「面」としての位置づけのみならず、ユーラシアにおける広がりとして、中央アジア、西アジア、中東地域から「一帯一路」沿線国へのコネクティビティのさらなる多層の連結が可能になります。さらに、真偽が定かでないものの今年夏には、中国がイランのキーシュ島を25年間租借するという合意がイランと中国の間で結ばれたという報道もイランでありました。
日本のユーラシア外交を考えていく際、「線」から「面」へ拡がろうとしている「一帯一路」のユーラシア外交を念頭に、また、中国の「力による現状変更」を念頭に、ユーラシア地政学における中国を分析していくことが求められています。(おわり)
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(連載1)「ユーラシア地政経学における中国」を視る眼
三船 恵美 2020-12-06 10:18
(連載2)「ユーラシア地政経学における中国」を視る眼
三船 恵美 2020-12-07 10:21
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