ホーム
新規
投稿
検索
検索
お問合わせ
2020-12-06 10:18
(連載1)「ユーラシア地政経学における中国」を視る眼
三船 恵美
駒澤大学教授/GFJ有識者メンバー
筆者は、日本国際フォーラムのプロジェクト「ユーラシア・ダイナミズム」(2020~2022年度)研究会参加の機会をいただいております。
ユーラシア地政経学における地殻変動の中核が中国であることは、言うまでもありません。ユーラシアに対する日本外交を考えていくうえで、我々日本人は、「膨張する中国」「影響力をさらに増していく中国」を如何に認識して、日本の対ユーラシア外交を論じていくべきなのでしょうか。
本稿は、「ドラゴン・スレイヤー(嫌中派)」でも「パンダ・ハガー(親中派)」でもない視角から、現在のユーラシア・ダイナミズムにおける中国を分析していく「前提」として、以下5点について指摘していきます。まず第Ⅰ節で、中国外交を国際関係学の3大潮流のいずれのアプローチで分析すべきかを考えます。次に第Ⅱ節で、「一帯一路」の基本的な認識を論じます。第Ⅲ節で、中国と習近平のタイムラインを確認します。第Ⅳ節では、ユーラシア研究会の最終レポート(2022年度末)で「2027年」を如何に位置づけるべきかを考えます。最後の第Ⅴ節では、「フィンランド化」していくアジアと中国について展望します。
Ⅰ
リアリズムか?
リベラリズムか? コンストラクティヴィズムか?
一つ目のポイントは、国際関係論の3大潮流(リアリズム、リベラリズム、コンストラクティヴィズム)のいずれのアプローチをとるべきか、という点です。
国際関係論におけるリアリズムは、国語辞典などで説明されている一般的なリアリズム(現実主義)とは異なります。国際関係論におけるリアリズムと言っても多様な理論があるので、それらに共通する基本的な要素をざっくりと挙げるならば、(1)諸国家の上位に中央権威が存在しないアナーキーな世界において、国家が主要なアクターであり、(2)国家が国益を追求する手段となるのがパワーであり、そのパワーを獲得・拡大することこそが国家の目的であり、自己目的化されたパワーをめぐる国家間の権力闘争が国際関係の本質であると考え、(3)国益を追求する国家が、国益を最大化するための合理的な政策を決定し、(4)人間の本質に対する悲観的な見方から相互不信の国際関係において、国家安全保障こそが国際関係の最重要課題であると位置づける見方です。
一方、国際関係論におけるリベラリズムとは、リアリズムが説くような国際関係が対立や競争するだけのものではなく、協力関係を築くことができるものであると考える立場です。ただし、諸国家の上位に権威が存在しないというアナーキーな国際社会において、自然発生的に協力のメカニズムが形成されるとリベラリストは楽観的に考えるわけではありません。「協力を可能とするための何らかのメカニズム」を作ることで国際社会における協力関係を築くことが可能になると考えるのです。そのメカニズムとして「何」に注目するのかによって、分析アプローチが異なりますが、その基本的な見方は、①社会学的リベラリズム(sociological liberalism)、②相互依存リベラリズム(interdependence liberalism)、③制度的リベラリズム(institutional liberalism)、④共和制リベラリズム(republican liberalism)、の4つのタイプのアプローチに大別されます(論者によっては「相互依存リベラリズム」の代わりに「市場リベラリズム(market liberalism)/商業的リベラリズム(commercial liberalism)」として4タイプに大別する場合もあります。
しかし、現在の独善的な外交を推し進める中国には、この「協調のためのメカニズム」を探ることが非常に難しいと言えます。
一方、コンストラクティヴィズムによるアプローチにも課題が少なくありません。規範やアイデンティティという非物質的な要因が対外政策の変更に及ぼす影響の大きくない中国では、国際規範よりも国益のほうが優先されてしまいます。また、異なる領域間における諸規範の衝突について、コンストラクティヴィズムでは扱い難いとも言えるでしょう。コンストラクティヴィズムは現在の中国外交を分析する有効な手法ではありません。
したがって、現在のユーラシア国際関係のダイナミズムを分析するアプローチは、リアリズムによって分析していくのが最適と考えます。ただし、代表的なリアリズムのうち「構造的リアリズム」(いわゆる「防御的リアリズム」)では、現在のユーラシア地政学を分析する指針にはなり得ません。バイデン次期米大統領が国家安全保障担当大統領補佐官に指名したジェイク・サリバン氏は、軍事部門に資源を集中的に投下したソビエトとは違って中国は「地政経済」を主要な競争領域として重視しており、米中の「戦略的競争」をアメリカの対中アプローチの指針とみなす、とこれまでに述べてきました。しかし、大統領選挙中にバイデン次期米大統領が「中国は競争相手ではない」と口を滑らしていたことやハンター・バイデン氏と中国の関係を考えると、「人間性リアリズム」と「攻撃的リアリズム」のどちらがベターなのかは、2022年を待たないと、現段階では判断しがたいと言えます。
Ⅱ 「一帯一路」とは?:「広域経済圏構想」ではない政治手段
次に、2つめのポイントとして「一帯一路」の捉え方を指摘します。
「一帯一路」とは、「朋友圏(おともだち圏)」すなわち「ネットワーク」を拡大しながら、中国主導の「人類運命共同体」すなわち「パクス・シニカ」を追及する構想である、という認識です。中国の習近平氏は、2017年に北京で開催した「中国共産党と世界政党幹部対話会」における演説で、「一帯一路」によってユーラシア大陸に「人類の運命共同体」がもたらされると説きました。それ以来、習近平氏や中国共産党高官らは、「一帯一路」が「中国主導の人類運命共同体のプラットフォーム」になっていることを強調しています。
「一帯一路」を提起した中国は、「共に話し合い、共に建設し、共に分かち合う」と謳い、「共に」という言葉を際立たせることで、中国の外交理念を国際的コンセンサスとして体現させようとしています。日本のメディアの多くは、「一帯一路」のことを「巨大な経済圏構想」と喧伝し続けています。しかし、「一帯一路」は、単なるユーラシアにおける経済連携や経済圏の建設だけにとどまっていません。
「一帯一路」をめぐり、中国は、経済であれ社会であれ「発展」という言葉に焦点を合わせ、沿線諸国の発展戦略とのドッキングの推進を打ち出しています。それと同時に、「発展路線の選択の多様性」すなわち「政治体制の多様性」を相互に尊重し、各国の国情に沿った発展路線を探るように各国を促し、「政治的相互信頼・経済的融合・文化的包摂」による「利益共同体、責任共同体、運命共同体」を共に築き、世界の政治経済秩序を中国主導の「グローバルガバナンス」の構造へと変えていこう、と中国は繰り返し強調しているのです。
「一帯一路」は、(1)政策面の意思疎通、(2)インフラの相互連結、(3)貿易の円滑化、(4)資金の融通、(5)国民の相互交流、の「5つのコネクティビティ」の構築を推進しています。「一帯一路」は、経済回廊の共同建設にともなう「5つのコネクティビティ」の形成により、中共と中国が「中国主導のグローバルガバナンス」にコミットし、その形勢を中国が主導していこうとしている構想です。
「一帯一路」には、「中国と同じ規格」のインフラを拡げ、複合型インフラネットワークを形成し管理することで、将来的に、デジタル経済、人工知能(AI)、ナノテクノロジー、量子コンピューターなど先端分野での協力を強化し、ビッグデータ、クラウドコンピューティング、スマートシティー建設を推進し、「デジタル・シルクロード」を築くことに繋がります。それは、経済領域にとどまるものではありません。国境を跨ぐ光ケーブル網の構築を推進し、国際通信の接続性を高め、大陸間海底ケーブル・プロジェクトの計画を策定し、衛星情報のネットワークを構築することで、安全保障領域において、中国が有利に活用できることを目指しています。
注視すべきは、「一帯一路」が「債務の罠」をもたらしている点です。債務返済に行き詰まった国が債権国の中国に対して、融資を受けて建設した港湾などのインフラ権益を中国に渡したり、軍事的な協力をしたりするケースが指摘されています。
今年のコロナ禍におけるG20(金融世界経済に関するサミット)で途上国への債務返済猶予措置が承認されましたが、G20から猶予される公的融資のおよそ2/3を占めているのが中国からの融資です。「一帯一路」関連プロジェクトに融資を行う主要機関は、中国の政策的貸付を行う国家開発銀行と中国輸出入銀行ですが(2015 年 12 月設立当初に「一帯一路」関連プロジェクトに資金提供する国際開発金融機関とみなされていたAIIB=アジアインフラ投資銀行は「透明性」が求められるグローバルな国際機関であるためか、「一帯一路」の主要融資機関は中国の政策銀行です)、中国は従来、国家開発銀行などの国有銀行による融資を「民間機関なので対象外」と主張し、途上国救済の枠組みの対象外としてきました。今年のG20サミットでは、中国は「公的債務の返済猶予を認めるにあたり、同等の条件で参加することを民間債権者に強く奨励する」と合意しましたが、中国による途上国融資の多くが「隠れ融資」との見方もあります。
「一帯一路」は、「途上国における中国の覇権」を強化する「政治手段」になっています。
Ⅲ
中国と習近平のタイムライン
では、3つめのポイント、「中国と習近平のタイムライン」に話を移します。年表をご覧ください。西暦と主なタイムラインと習近平氏の年齢を示しています。
まず、中国の大きな国家目標である「2つの百年」を確認してみましょう。
「一つ目の百年」とは、小康社会を完成させることを目標にしている中国共産党の創立百周年(すなわち2021年)です。二つ目の百年は、建国の百周年(すなわち2049年)です。
この2つの百年のタイムラインの中で、「豊かで強い国」を目指すのが、「中国の夢」と呼ばれるものです。習近平政権が掲げる「中国の夢」とは、「総合国力」を増し、中華民族の復興と国家の富強を図ることです。つまり、アヘン戦争以来の屈辱の歴史から巻き返し、「中華民族の偉大なる復興」を遂げることこそが、「中国の夢」の歴史的任務であると、習近平は考えているのです。その意味で、二つの百年マラソンによる「中国の夢」とは、富強大国への国家プロジェクトと言えます。
「中国の夢」を実現するためのタイムラインで日本人が警戒すべき点は、そのプロセスに軍拡路線と領土拡張主義が組み込まれていることです。中国は、「総合国力」の向上のために軍事力の現代化と拡大を図っており、中国の軍事大国化とそれに伴う膨張主義は、周辺諸国の安全保障上の脅威になっています。
中国はかつての「清朝の版図(勢力範囲)」というものを、国際法を遵守しながら取り戻そうとしているわけではありません。「力」によって国境線を変更することによって、勢力圏を獲得しようとしているのです。
次に、「中国製造2025」が示した3つの重要年を確認してみましょう。
「中国製造 2025」を、ドイツが提唱する「インダストリー 4.0」と並び紹介する無責任な報道が少なくありません。しかし、「中国製造 2025」は、「中国版インダストリー 4.0」と呼べるものではありません。
「中国製造 2025」とは、中国が 3 ステップで「製造大国」から「製造強国」への転換を目指す産業発展に関する指標です。3 ステップとは、2025 年までの第 1 段階で「製造強国」入りをし、2035 年までの第 2 段階で「製造強国」の中等レベルに達し、2049 年の第 3 段階で「製造強国」のトップクラスに躍り出る、という戦略目標です。中国の「中国製造 2025」は、「イノベーション力」「デジタル化」「国産化」をキーワードにし、10 分野の重点産業での発展を提起しています(10 分野の重点産業:〈1〉次世代 IT、〈2〉産業用ロボット・ 次世代半導体、〈3〉航空・宇宙、〈4〉海洋エンジニアリング、〈5〉先進鉄道装置、〈6〉省エネ・新エネルギー自動車、〈7〉電力装置・設備、〈8〉農業機械・設備、〈9〉新材料、〈10〉バイオ医療・高性能医療機器)。
では、ここで読者の皆さんにおうかがいしたいと思います。
もしも皆さんが中国共産党の高官であると仮定するならば、皆さんが「中国の夢」を語る時、その達成に台湾統一を含まないなんてことが考えられるでしょうか。おそらく「含む」と答えられることでしょう(一方、2022年に習近平氏が引退するのであれば、「中国の夢はしょせん習近平の夢でしかない」と答えられるかもしれません)。
もしも(「ポスト習近平」が習氏自身と仮定するならば)、中国がアメリカと肩を並べる大国になり、西太平洋を中国の覇権の下に置いて、「海洋強国」になろうとするならば、その時、太平洋への路を拓くために、どのルートを確保しようとすると考えますか。
そう考えますと、中国の台湾統一や尖閣奪取のねらいは、もはや、「歴史認識」や「エネルギー問題」「漁業問題」としてのみで語る時期ではないのです。また、そのような認識のもとで、中国全国人民代表大会がウエブサイトで11月4日から12月3日まで公表していた、周辺海域で監視を行う中国海警局の任務を定めた海警法の草案を読む必要があるでしょう(日本の海上保安官の武器使規定と違い、武器使用の根拠が厳格とは言えません)。また、その直前10月21日から11月19日までに同じくウェブで意見徴収されていた国防法改正案を読むと、陸・海・空の従来の防衛に加えて「その他の重大な安全分野の防衛」が加えられ、法律に規定される職権として「警察による海上権益擁護の法執行」が追加され、従来の「民兵が軍事機関の指揮の下で、戦備勤務を担当し、防衛作戦任務を遂行する」に「非戦争行動任務」も新たに加えられていることに警戒しなければなりません。軍事と非軍事の両方の手段によって、中国が仕掛けてくる可能性があるのです。
ここで注視すべき点は、「台湾問題」よりも「尖閣周辺の制空権・制海権」を奪取する方が、中国にとっては、台湾有事に向けて合理的で効率的であるという点です。中国が南シナ海で岩礁の上に3000メートル級の滑走路を作ったことを考えれば、尖閣周辺の制空権が中国に奪われることになれば、中国が何を作るかは想像に難くないでしょう。尖閣を「小さな岩の島」と語る欧米のアジア・ウォッチャーは、尖閣の持つ地政学的重要性を理解していないのです。日本の尖閣に対する中国の野心は、米中覇権競争時代における「地政学」のダイナミズムの中で認識すべきものなのです。(つづく)
<
1
2
>
>>>この投稿にコメントする
修正する
投稿履歴
(連載1)「ユーラシア地政経学における中国」を視る眼
三船 恵美 2020-12-06 10:18
(連載2)「ユーラシア地政経学における中国」を視る眼
三船 恵美 2020-12-07 10:21
一覧へ戻る
総論稿数:4866本
グローバル・フォーラム