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2018-08-21 10:27
(連載1)泥沼のアフガニスタンからの「名誉ある撤退」は可能か
六辻 彰二
横浜市立大学講師
17年間に及ぶアフガニスタンでの泥沼の戦闘から、アメリカ軍が撤退する可能性がでてきた。トランプ政権は7月、これまで戦闘を続けてきた、この地のイスラーム武装勢力タリバンとの交渉を開始した。アフガニスタンでの戦闘の収束は、地域一帯の安定にとっても重要な意味をもつ。ただし、アメリカとタリバンの交渉が仮に成功しても、それがアフガニスタン和平の実現につながるかは不透明だ。トランプ政権は、これまで支援してきたアフガニスタン政府を蚊帳の外に置いたまま、タリバンとの交渉に向かっている。重要な当事者であるアフガン政府をぬきにタリバンと交渉し、アメリカが撤退すれば、この地の混沌がかえって大きくなる危険性すらある。
ニューヨークタイムズをはじめ欧米諸国の主要メディアは7月28日、トランプ政権とタリバンの交渉開始を報じた。報道によると、アメリカ国務省のアリス・ウェルス副長官補らがカタールにあるタリバン代表部を訪問したという。これに関して、ホワイトハウスは明言を避けている。アフガニスタン政府は2015年7月から、やはりカタールでタリバンと断続的に会談してきた。オバマ政権はこれと並行してタリバンとの交渉を模索したが、報道が正しければ、トランプ政権はその加速を目指していることになる。その場合、アメリカ軍の撤退と引き換えに、タリバンによる軍事活動の停止が焦点になると考えられる。これはアメリカにとって、アフガニスタンから抜け出すための方策といえる。
アフガニスタンはアメリカにとって、ベトナム以来の泥沼と呼べる。9.11後のアフガニスタン戦争で、それまでアフガニスタンを支配していたタリバンを首都カブールから駆逐して以来、アメリカ軍はこの地に駐留してきた。その任務はアフガニスタン軍の訓練や物資の提供にとどまらず、タリバンをはじめ反体制派の掃討なども含まれる。しかし、長期にわたる戦闘はアメリカに大きな負担としてのしかかってきた。2001年以降、アフガニスタンで死亡したアメリカ軍兵士は、2018年8月3日までに2350名にのぼる。また、膨らむ戦費もアメリカにとっての負担だ。アメリカのシンクタンク、戦略国際問題研究所によると、2001年から2016年までにアメリカがアフガニスタンに投入した資金は1153億ドルにのぼり、これは同じ期間にアメリカが世界中で展開した軍事活動費の約16パーセントにおよぶ。戦闘が泥沼化するにつれ、9.11直後の報復感情に満ちたアメリカの世論は、厭戦感情に支配されるようになった。これを巧みにすくいあげたのがトランプ氏だった。大統領選挙に出馬する以前の2012年8月12日、トランプ氏はツイッターでアフガン派兵を「全く無駄」と切り捨て、「今すぐ戻るべき」と撤退を要求。2016年大統領選挙でもトランプ氏は、オバマ政権のアフガン戦略を批判して早期撤退を掲げ、有権者を惹きつけたのである。つまり、アメリカにとってアフガニスタン撤退は、外交・安全保障上の問題であると同時に国内政治の問題になったのであり、トランプ政権にとって優先的に取り組むべき課題の一つでもあるのだ。
とはいえ、トランプ氏は大統領に就任してすぐに撤退に向けて動き始めたわけではない。むしろ、当初トランプ政権はアフガニスタンでの軍事活動を加速させる姿勢をみせた。2017年4月、トランプ政権は「全ての爆弾の母」と呼ばれ、通常兵器のなかで最大級の破壊力をもつMOABをアフガニスタンに投入。さらに9月、アメリカ軍はアフガニスタンに約3000名の兵士を増派。同国に駐屯するアメリカ兵は約1万4000名規模となった。駐留アメリカ軍の増強は、アフガニスタン情勢の変動を反映している。イラクやシリアで追い詰められた過激派「イスラーム国」(IS)は各地に飛散しているが、その一部は国境警備もままならないアフガニスタンに流入。地元に根をはるタリバンとも衝突を繰り返し始めた。アメリカからみれば、タリバンよりISの方が脅威だ。タリバンが国境を越えた活動に熱心でないのに対して、ISは中東以外の各地でもテロを繰り返してきた。そのため、「敵の敵は味方」の論理からすればトランプ政権にとってタリバンとの和平交渉のハードルはさらに低くなり、アフガンでの兵力増強は主に、グローバル・ジハードを掲げるISの壊滅を念頭に置いたものだったといえる。ただし、それでもトランプ政権はタリバンとも対決し続けた。(つづく)
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