アリ・エルアグラ氏(Ali M. El-Agraa、福岡大学名誉教授)編集の『欧州連合:経済学と諸政策』(ケンブリッジ大学出版会、第9版、2011年)は、副題が示す通り、珍しく経済学者の視点が生かされた教科書である。EUは、政治が経済を主導するかたちで形成されてきたので、EU本となると、政治の観点から書かれたものが多い。エルアグラ氏は、「EUは多くの経済専門職を採用しているが、政策形成に経済学を使ってきたわけではない」とする一方で、EUの諸政策を経済学のツールで解釈して分析している。経済通貨同盟(EMU)やユーロについては、最適通貨圏の理論を参照しながら、為替変動という経済調整変数を放棄したつけが大きいことを示唆している。確かに完全に自由な資本移動のもとで、固定相場で手数料なしで外貨交換が許される制度が構築されれば、単一通貨導入と同じ効果が期待されるであろう。あえて単一通貨を導入すると、その制度が永続的で後戻りできない(permanent and irrevocable)との印象を与えることになる。単一通貨の国々では、採用国増加の方向へのインセンティブしか働かないのならば、単一通貨の放棄や採用圏分割を視野に入れた改革は圏外の専門家が提案しなくてはならないのだろうか。幾つかの地域機関を体験・観察してきたと思われる氏の意見をうかがってみたい気がする。