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2012-08-14 00:00
ユーロ問題に解決策はあるか
池尾 愛子
早稲田大学教授
ヨーロッパの経済問題を考察する際、経済協力開発機構(OECD、1961年設立)と欧州連合(EU)をペアにして俎上に乗せると分かりやすくなることがある。EUはブリュッセルに本部を置く地域機関であり、OECDはパリに本部を置くグローバル機関である。しかし、OECDが欧州経済協力機構(OEEC、1947年設立)という地域機関を前身とすることを想起すれば、ヨーロッパ色が強いグローバル機関であることに気づく。2つの機関は別物ではあるが、加盟国に重複がある。ヨーロッパ人達は、OECDとEUという、性格が異なる2つの国際機関を駆使して、経済に関する公共政策について調整を図ってきた部分がある。重複加盟国は、相互に整合性を欠く政策は取れないことはいうまでもない。OECDでは、加盟国に共通する経済・社会・教育の様々な分野の様々な問題について分析・研究し、政策提言を行っている。学生から質問を受けたのであえて書くと、OECDの政策提言に従わなくても、罰則は特にないようだ。しかし、各国別のピア・レビュー(相互監視)が実施されるので、それが改革に向けての圧力として作用しうることであろう。
10年程の準備期間を経て、EU11カ国が1998年に欧州中央銀行(ECB)をフランクフルトに設立し、1999年1月に単一通貨ユーロを誕生させて、金融取引に用い始めた。2001年にギリシャがユーロ圏に参加し、2002年1月に12カ国は実際の硬貨と紙幣を流通させ始めた。EUの「政府」にあたる欧州委員会(European Commission、EC)では、ユーロ導入に向けて、年度毎の財政赤字と政府債務残高、消費者物価指数、長期金利、自国通貨の対ユーロレートが安定していることを要求するマーストリヒト転換基準を発表している。財政については、「年度の財政赤字が国内総生産(GDP)の3%以下で、政府債務残高が60%以下であり、『健全』財政が持続可能であること」となっている。これらのユーロへの転換諸基準は、ユーロ導入後も維持されるべきである、とのECB総裁の発言も出ている。しかし、ここでも罰則はない。それまでの自国通貨を放棄して、単一共通通貨を導入するという壮大な費用を払うことによって、その逆、つまり共通通貨から自国通貨に戻ることの費用もまた壮大で後戻りはできないと感じられるので、共通通貨を維持するために導入諸国は必ず努力するに違いない、と暗黙のうちに想定されていたように見受けられる。危機に陥っているユーロ採用国はといえば、マーストリヒト転換基準を満たしてはいない。そうした国々に必要なのは、少なくとも罰則ではない状態になっている。
欧州委員会(EC)のリーフレット『拡大EUにおけるユーロ』(2007)によれば、上のマーストリヒト基準は、ユーロへの転換の「実質基準」を反映する「名目基準」にすぎない。「実質基準」は、競争力、労働力スキル、金融部門統合、産業構造、その他の社会経済的要素の転換をさす。バルト海沿岸国エストニアの場合をみると、2004年にEUに加盟したあと、政策・制度の調整を実施して2010年12月にOECDに加盟し、2011年1月にユーロ導入を果たしている。EU新加盟国のユーロ導入までのモデルのようだ。大きなユーロ圏が現に存在する環境下では、ユーロ未導入の周辺諸国では、為替リスクなどの不便・負担が大きくのしかかり、それが経済成長の足かせとなりかねないと悲鳴が聞こえる。ユーロ導入の道のりには、上の転換基準に加えて、頑健な銀行制度が要請されるようになったようだ。銀行制度が脆弱であると、小さなパニックにも耐えられず、そこからユーロ圏へと危機が拡散していく可能性があるのだろうか。
アリ・エルアグラ氏(Ali M. El-Agraa、福岡大学名誉教授)編集の『欧州連合:経済学と諸政策』(ケンブリッジ大学出版会、第9版、2011年)は、副題が示す通り、珍しく経済学者の視点が生かされた教科書である。EUは、政治が経済を主導するかたちで形成されてきたので、EU本となると、政治の観点から書かれたものが多い。エルアグラ氏は、「EUは多くの経済専門職を採用しているが、政策形成に経済学を使ってきたわけではない」とする一方で、EUの諸政策を経済学のツールで解釈して分析している。経済通貨同盟(EMU)やユーロについては、最適通貨圏の理論を参照しながら、為替変動という経済調整変数を放棄したつけが大きいことを示唆している。確かに完全に自由な資本移動のもとで、固定相場で手数料なしで外貨交換が許される制度が構築されれば、単一通貨導入と同じ効果が期待されるであろう。あえて単一通貨を導入すると、その制度が永続的で後戻りできない(permanent and irrevocable)との印象を与えることになる。単一通貨の国々では、採用国増加の方向へのインセンティブしか働かないのならば、単一通貨の放棄や採用圏分割を視野に入れた改革は圏外の専門家が提案しなくてはならないのだろうか。幾つかの地域機関を体験・観察してきたと思われる氏の意見をうかがってみたい気がする。
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