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2012-03-08 18:03
(連載)オバマ新戦略は「超大国の自殺行為」?(1)
河村 洋
市民運動家
オバマ政権は今年の年頭に国家安全保障の重点を中東からアジア太平洋地域に移すという新国防戦略を公表した。しかし、この「アジア回帰」として知られる新戦略が軍事支出の大幅な削減と表裏一体であることを忘れてはならない。中国の台頭とそれがもたらす予測不能な影響に鑑みて、アジア諸国民がオバマ新戦略を歓迎することは理解できる。しかし、保守派の政策形成者達は国防費の大幅な削減と中東からの撤退を厳しく批判し、新戦略は「超大国の自殺行為」だとまで言っている。「外交政策イニシアチブ」のロバート・ケーガン所長は「世界の安定を強化するためにも、アメリカのハードパワーの役割が不可欠だ」と強調する。議会では共和党議員から現行の国防費削減に批判の声が挙がっている。ジョン・マケイン上院議員は「オバマ大統領の新戦略は、いかなる種類の包括的戦略見直しも、リスク査定も経ずに、表明された」と主張する。バック・マケオン下院軍事委員長は、さらに厳しく、「大統領は戦略見直しそっちのけで、昨年4月に4千億ドル以上の国防費削減を行ないたかった」と非難する。
就任以来、バラク・オバマ大統領は世界の中でも特に中東でアメリカの役割を縮小し、イスラム諸国での反米感情を宥めようとしている。プラハ演説とカイロ演説は保守派の論客達から厳しく批判された。ヘリテージ財団の「マーガレット・サッチャー・センター」のナイル・ガーディナー所長は、オバマ氏がアメリカ外交に対してあまりにも謝罪姿勢だと論評した。よって「超大国の自殺行為」と表裏一体となっているオバマ政権の「アジア回帰」は、逆にアジアの安全保障の利益を損なっているのでは、との疑念を拭い去れない。こうした観点から、私は2月24日に開催されたグローバル・フォーラム・ジャパンの主催する「日米中対話」で質問をした。私からの問いに応じていただいたカーネギー国際平和財団のダグラス・パール副会長、東京大学の高原明生教授、そして同志社大学の村田晃嗣教授には深く謝意を表したい。このイベントでのやり取りを通じ、この問題についてさらに考えてみたい。
まず、中国の軍事的な台頭がもたらす影響は、アジア太平洋地域にとどまらない。中国は西方にも拡大している。中央アジアでは、ウイグル人、チベット人、その他少数民族への抑圧によって、東トルキスタンとチベットへの支配力を強めている。また上海協力機構を通じて中国の影響力はカスピ海方面に向かっても拡大している。さらに中国の影響力は中東にも浸透している。中国はテロリストへの核拡散に対する国際的な懸念をよそに、パキスタンと原子力協定を結んだ。また、核保有の野心を抱くイランに対しては、接近拒否のための対艦ミサイルの製造を支援した。中国はスエズ以東のシーレーンを支配するために、イランに海軍基地を持とうとさえしている。アメリカが中東から撤退すれば、中国はその後の「力の真空」を埋めようとしかねない。中国は今年に入って急激な軍事費を増加し、世界規模で戦力投射能力を拡大しようとしている。習近平副主席が胡錦濤国家主席より地位を継承すると、前任者より人民解放軍とのつながりが深いために、中国の国防費はさらに増大する可能性がある。
中東はアジア諸国にとっても重要な地域である。イスラム・テロは共通の安全保障問題である。インド、タイ、フィリピンといったアジア諸国もイスラム過激派の脅威に直面している。インドネシアとマレーシアではイスラム教徒が人口の過半数を占める。「アラブの春」に関しては、アメリカン・エンタープライズ研究所のアヤーン・ヒルシ・アリ研究フェローが2月初頭の『ニューズ・ウィーク』誌で「イスラム教徒と現地キリスト教徒の間の衝突が激化している」と指摘している。 よって中東の政治的安定はアジアの多くの国々にとっても重要な安全保障上の利益なのである。イランが核兵器を保有するようになれば、中東の政治的混乱はさらに深まる。核不拡散はアジア太平洋諸国にとっても共通の安全保障政策課題なのである。さらに重要なことを言えば、戦略提携は互恵的でなければならない。オバマ大統領は新戦略でインドを主要パートナーの一国に挙げたが、米印関係が深化したのはテロとの戦いが契機である。中東からの一方的な撤退によって、ブッシュ政権以来の米印戦略提携が弱体化しかねない。(つづく)
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