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2010-01-10 17:19
(連載)バーナンキ米Fed議長の海外貯蓄過剰論(1)
池尾 愛子
早稲田大学教授
1月2-5日に、アメリカ社会科学連合(ASSA)の年次大会がジョージア州アトランタで開催された。ASSAには、アメリカ経済学会(AEA)、アメリカ・ファイナンス学会(AFA)、社会経済学会(ASA)など54の経済系学会が集まっている。最も注目を引いたのは、3日のベン・バーナンキ連邦準備制度理事会(Fed)議長のAEAセッションでの講演だったようだ。彼の講演は、ニューヨーク・タイムズ(3日)、ロイター(4日)、日本経済新聞(4日)、ファイナンシャル・タイムズ(7日)などで報道され、その原稿はFedのウェブサイト(http://www.federalreserve.gov/)に掲載されている。ただ、ASSA大会では、金融危機の分析や対処・対策についてのセッションが幾つか組まれ、相互補完的な分析・提案が行われていた。それゆえ、私が出席した金融セッションに限られるが、今回の金融危機が2007年8月にヨーロッパから顕在化したことが共通認識となっていたことを指摘した上で、5つの論点を紹介しておきたい。
(1)アメリカでの住宅バブルの原因は何だったのか。バーナンキFed議長は「金融政策と住宅バブル」と題して講演し、Fedの公式見解を経済学者たちに向けて示したといえる。「マクロ的な金融緩和(低金利)政策だけでは、住宅価格の上昇の一部は説明できても、住宅バブルは説明できない。バブルの始まりは2002年末から2003年初であり、住宅ローンの初期返済月額が低く抑制され始めた時期と符合する」との分析が開示された。そして「2006年に住宅価格が最高値を示して、下落し始め、バブルがはじけていったのである。それゆえ、必要な対策は、マクロ的金融政策ではなく、規制・監視政策である」と。「民間銀行が不適切な貸出政策を採ることになった背景には、東アジアが1997-8年の通貨危機に懲りて、米ドル資産で準備を蓄積し、しかも高利回りを求めたことがある」と、かねてからの持論である「海外貯蓄過剰論(global saving glut)」が示された。
彼が初めて「海外貯蓄過剰論」を公表したのは2005年3月に遡り、2007年9月のベルリン講演では、国内部門で貯蓄が投資を超過する貯蓄余剰国に、ロシアと中東の石油輸出国を加えた。こうした「発展途上国」の余剰資金が越境して、先進国アメリカの(貯蓄不足につながる)旺盛な消費支出を押し上げてきたとの認識である。ウェブに掲載された論考を読むと、今回のFed分析は、過去を振り返ってのパネルデータ・計量分析の提示であることがはっきりわかる。そして、サブプライム・ローン(信用力の低い人向けローン)だけではなく、サブプライム・ローンとプライム(優良)・ローンの間に位置づけられる「オルトA」ローンで、不適切な貸出・借入が横行したことが読み取れる。振り返れば、本欄で2008年7月18日に「アメリカのサブプライム・ローン」と題して、カリフォルニアのインディマック銀行が14日に国有化された件を紹介したが、審査無しで貸出していたのは「オルトA」ローンであった。このことがその数日後に全米公共ラジオ放送(NPR)で報道されたので、「一体何が起っているんだ」と思って、その後のNPRなどの報道に注意を払っていたのであるが、9月半ばまで表面上は静かに時が流れた。Fed分析に戻れば、住宅価格が高騰しつつある時点において、Fedはそれをバブルとは認識しなかったのか、という疑問が湧いてくる。
(2)「金融規制の将来」と題するAEAパネルセッションでは、「いったん危機が始まったならば、どう対処すべきか」というテーマの下で、3人の論客による討論が組まれた。大きな論争点の一つは、自己資本比率規制の強化(増資)である。アニル・カシャップ氏(シカゴ大学)が銀行部門安定化のための増資の強力な提案者の一人である。それに対して、ガリー・ゴートン氏(エール大学)は、提案されている増資額は今回の公的緊急融資額にはるかに及ばない、そして1934年から2006年までの歴史をみると、アメリカの一般銀行部門は安定していたので、増資が銀行部門を安定させるとの議論は成り立たない、と主張した。カシャップ氏は、銀行が危機に陥ったときに、買収などにより救済される可能性が増すので、公的負担を減らすことができ、増資は有効な措置であると反論した。アンドリュー・ロー氏(MIT)は規制派で、金融革新のスピードに当局が追いつき、適切な規制をすることが是非とも必要であると主張した。ロー氏によれば、金融革新のスピードに規制当局の力量が追いつかなかったことが危機の原因になる。このセッションなどから、危機対策についての議論はまだ半ばであり、様々な可能性を尽くすべく自由な研究と議論を続けることによって、アメリカ人は解決の途を見出すものだ、という楽観的なコンセンサスがあると感じられた。(つづく)
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