外交円卓懇談会
第146回外交円卓懇談会
「米朝首脳会談以後の北東アジアの秩序」(メモ)
グローバル・フォーラム
公益財団法人日本国際フォーラム
東アジア共同体評議会
事務局
グローバル・フォーラム等3団体の共催する第146回外交円卓懇談会は、陳昌洙・韓国世宗研究所日本研究センター長を講師に迎え、「米朝首脳会談以後の北東アジアの秩序」と題して、下記1.~5.の要領で開催されたところ、その冒頭講話の概要は下記6.のとおりであった。
1.日 時:2018年7月12日(木)15:00~16:30
2.場 所:日本国際フォーラム会議室
3.テーマ:「米朝首脳会談以後の北東アジアの秩序」
4.報告者:陳昌洙・韓国世宗研究所日本研究センター長
5.出席者:28名
6.講師講話概要
陳昌洙韓国世宗研究所日本研究センター長の講話の概要は次の通り。その後、出席者との間で活発な質疑応答が行われたが、議論についてはオフレコを前提としている当懇談会の性格上、これ以上の詳細は割愛する。
(1) 二分された韓国世論―米朝首脳会談を受けて―
覚えておられる方もおられると思うが、私は2015年にもこの場に講師として招かれた。今再び招かれ、多くの方々の前でお話しできることを光栄に思う。
日本の方々は、韓国政府や韓国世論が今回の米朝首脳会談の結果に対して楽観的であることを不思議に思っておられるようだ。というのも、日本では今回の会談を「ショー」、すなわち演出的要素が強く実質的な成果に乏しいイベントと見る向きが多いためだ。もちろん日本の世論と同じように、韓国でも右派・保守系を中心に、米朝のトップが顔を合わせたにもかかわらず北朝鮮からCVID(完全で検証可能かつ不可逆的な非核化)を引き出せなかったことについて、不満を感じている人々は少なくない。しかし、韓国の捉え方の主流は、「史上初めてアメリカと北朝鮮の首脳が会談した」ことそれ自体を評価するというもので、これは主に左派・リベラル系では支配的な見方だ。それでは、なぜ韓国では米朝首脳会談に対する評価が二分しているのだろうか。
韓国では、経済政策において保守とリベラルが明瞭に分かれている。保守派は経済規模の拡大を優先することで、リベラル派は再分配機能をより高めていくことで、それぞれ社会を豊かにしようとの考え方を持っている。これについて日本と大きな差はない。しかし、韓国において特徴的なのは、この左右の違いが、外交政策や特に対北朝鮮政策において現れていることである。かつてリベラル系の盧武鉉政権は、経済支援などの融和策を進めることで、北朝鮮の軟化を引き出そうとする太陽政策を推し進めた。これがうまくいかなかったこともあり、あとに続いた保守派の李明博政権や朴槿恵政権は、対北強硬政策を採った。しかしながら、これらの保守派政権も、北朝鮮と積極的な交渉を行わなかったために問題が一向に前に進まなかったのである。そして朴槿恵元大統領への深い失望があり、リベラル政権の文在寅現大統領が就任することになった。このように、現在の韓国政府は、保守的なアプローチから転換し、再び北朝鮮融和政策を推進しようとしている。このような経緯で、現代の韓国では対北朝鮮政策に振れ幅があり、米朝首脳会談を性急すぎたと捉える右派と米朝首脳会談が進展につながると考える左派の間で世論が大きく分かれているのである。
(2)なぜ北朝鮮は非核化に舵を切ったのか
韓国では、北朝鮮が本当に非核化する気があるのかどうかについても左右で見解が大きく分かれている。仮に北朝鮮が非核化する意志を真に持っているとした場合、なぜ金正恩氏が非核化に取り組む気になったのかについては、次の3つの要因が挙げられる。まず考えられるのは、国際社会による経済制裁が北朝鮮経済に確実に効いているという見立てである。国内の有力者に富を分配できない独裁者は長く権力を維持することはできない。金正恩氏が部下らに金品などを分け与える資金力に乏しくなってくれば、経済制裁の解除になりふり構わず取り組む可能性がある。次に考えられるのは、トランプ大統領の予測不可能性に対する恐怖である。世界最強の軍事力を有する米軍であっても、最高司令官を優等生のオバマ氏が務めるのと、なにをするかわからないトランプ大統領が務めるのとでは、軍事的脅威は全く異なるからだ。最後に考えうることとして、北朝鮮がほぼ核開発を完了していることを踏まえ、金正恩氏が対米交渉力に自信を深めているからだ、という逆の捉え方もある。核戦力をカードに見返りを引き出すことが出来れば、最終的に核を手放すことになっても金正恩氏にとっては開発独裁という手法で国家運営を推進する道が開ける。その上で金正恩氏自身の手で北朝鮮を国際社会の一員に復帰させることが出来れば、体制の維持は可能ということである。
(3)齟齬をきたす米朝交渉と韓国政府の方策
リベラルが政権を占める現在の韓国政府では、今回の米朝首脳会談に楽観的だといったが、もちろん懸念する声もある。CVIDの件にとどまらず、演習費用や「挑発的」であることを理由に米韓合同軍事演習を唐突に中止したことには、政府のみならず韓国市民の間でも驚きと困惑が広がっている。
そのような中、ポンペオ米国務長官が、米朝首脳会談に続いて今月7日訪朝し金英哲党副委員長と会談した。しかし交渉がうまく行かず、米国は今になって北朝鮮の非核化の意志を疑い始めたようだ。これに関して韓国政府内では、なによりもトランプ大統領の準備不足・勉強不足が原因だと考えられている。非核化に関して、米国が用いる「CVID」という表現ではなく「朝鮮半島の非核化」という北朝鮮側の用語をそのまま首脳会談の合意文書に採用したことからもそれは見て取れる。ただ、これは一方的に北朝鮮に利するように働いたというわけではないようだ。北朝鮮にとっても米朝二ヶ国交渉を好機として朝鮮戦争の終戦宣言について進展を得たかったにもかかわらず、米国側に何の用意もなかったために具体的な交渉ができなかったことなどすれ違いが明らかになっている。
このような米朝のコミュニケーションの失敗を踏まえ、かねてより文在寅大統領は自国が米国と北朝鮮の架け橋になる必要があると考えており、そのための方策のひとつとして韓国政府は北朝鮮との間で「相互信頼装置」を構築すべく南北間のハイレベル協議を行っているところだ。
(4)朝鮮国連軍を巡る駆け引き
米朝交渉に関連して韓国政府の懸案事項の一つが在韓米軍問題である。朝鮮戦争時の国連軍主力部隊に始まる在韓米軍の駐留は米朝の和解によってその存在意義が問われるようになるからである。そして、中国が朝鮮戦争の終戦宣言を積極的に後押ししている理由がここにある。韓国政府とのTHAAD(終末高高度防衛ミサイル)配備問題も解決しない状況にあって、中国にとって朝鮮戦争の終戦宣言は迎撃ミサイルどころか米軍そのものを朝鮮半島から排除しうるまたとない好機だからである。今年中に国連で国連軍(在韓米軍)の扱いについて議論が行われることになるが、中国政府はその問題の交渉について米・韓・朝の三カ国に加え自国も加えるよう働きかけているのにはそうした背景がある。また、韓国政府にとっても朝鮮戦争の終結は国防政策の根幹を担う国連軍の駐留根拠の喪失を意味するため、米軍との新しい関係をどう構築するのかを米朝と交渉する必要が出てくるだろう。
(5)北朝鮮核問題と日韓関係
最近の日韓関係についてだが、現在は凪の状態にあり、比較的良好な関係にあるのではないかと考えている。というのも、北朝鮮核問題に直面する最近の韓国では、歴史問題などの困難なイシューをあえて取り上げて日本と対立している余裕がないからだ。だが、これは北朝鮮核問題によって抑えられている過渡期的な現象にすぎない。
思うに、これまで安全保障上の理由で日韓は協力関係を維持してきたが、近年は段々とお互いの世論を抑えられなくなってきたように思う。というのも、韓国はSAMSUNGやLGなどの世界的大企業の勃興を経て経済力が高まり自信をつけたことで、日本を頼みにすることが減り遠慮がなくなってきている。他方で、過去には見られなかったことだが日本人が韓国人に対して怒りを顕にするようになってきたことも大きい。数字でも、かつて日韓間では観光客の往来がお互いに450万人ほどいたが、近年は訪日韓国人が900万人に達した一方で訪韓日本人は200万人にまで落ち込んでいることからも、日本の世論の変化が読み取れる。このような両国の国民感情の硬化は現状では潜在的だが、将来的には日韓関係の悪化につながりうるのである。
(文責在事務局)