ニュージーランドのアラン・ボラードの『戦時の経済学者達』(2020年)は、歴史家たちの専門的研究成果を駆使することによって、4人のエコノミスト、3人の数理経済学者・数学者の繋がりを描き出した書物となっている。読み易いダイナミックな歴史物語になっていて、若手政治学者の関心を引くようである。前半は高橋是清、中華民国の孔祥熙(H. H. Kung)、イギリスのケインズ、ドイツのシャハトが中心で戦時金融と留学・出張旅行で結び付けられる。後半は数学と数理経済学の仕事に携わったカントロヴィッチ、レオンチェフ、フォン・ノイマンが主役である。
私自身の経済学史研究(A History of Economic Science in Japan 等)で、ノイマンにも触れたのであるが、マクレイ著『ジョン・フォン・ノイマン』は使っていない。正確にいえば「使えない」のである。同書を手に取って、まず、1940-1年のプリンストン大学でのノイマンの活動について調べてみると、著者は当時の講義計画やその準備過程の書類を見ていたことまでわかるのであるが、肝心の講義計画や次の2つのセミナーについて書いていないのである。1940年10月からノイマンは数学セミナーを実施し、角谷静夫が出席していてブラウアの不動点定理の拡張について報告した(『デューク数学雑誌』に掲載される論文)。1941年10月から、ノイマンはモルゲンシュテルンとともにゲーム論セミナーを実施し、角谷とA.W.タッカーが出席していた。今このノイマン伝を読み返すと、角谷の出席したセミナーについて意図的に書かなかったのではないかと感じられる。