1919年3~4月、デューイは夫妻で来日し、東京帝国大学で「現在の哲学の位置-哲学改造の諸問題」と題して8回の連続講義を行うなどした。その原稿が1920年に Reconstruction in Philosophy と題して出版されたことはよく知られており、『哲学の改造』(清水幾太郎・清水礼子訳)、『哲学の再構成』(川村望訳)などの和訳が利用可能である。第一次世界大戦は哲学者たちに大きな課題を突き付けていた。旅行好きのデューイは研究休暇を利用し、渋沢栄一の資金援助を受け、新渡戸稲造邸などに宿泊し、日本人哲学者たちと議論をして意欲的に講義に臨んだのであった。西洋の哲学を歴史的にたどりながら、科学技術の進歩と産業革命の進行に着目し、産業面では旅行・探検・貿易の影響を強調し、功利主義を高く評価したので、経済学や経済史と重なることになった。
日本滞在中に、教え子だった胡適(Hu Shih)らから熱烈な招待状を受け、夫妻は中国を訪問することを決意し、1919年5月1日に上海に到着した。デューイはコロンビア大学の許可を得ながら中国滞在期間を延長した。『杜威五大講演』(中国語訳)が1920年8月に刊行されたものの、英語原文は残されなかった。1970年頃になって、ホノルルに残っていた中文版が検討され、講義の一部が改めて英訳された。1973年に、「社会・政治哲学」と「教育の哲学」についての講義が R. Clopton とTsuin-chen Ou により、John Dewey: Lectures in China, 1919-1920 と題して出版された。中国での「社会・政治哲学」講義は、東大での講義内容より、西洋哲学により近づきやすい入門講義になっている。中国人哲学者たちとの議論が反映されている箇所がかなりある。中国での「社会・政治哲学」講義にあるが東大での講義にはなかった論点に、キリスト教神学、社会主義などがある。逆に中国での講義の英訳版に功利主義(utilitarianism)が見当たらないのが不思議である。