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2013-08-18 18:57
(連載)エジプト危機は克服できるか(2)
六辻 彰二
横浜市立大学講師
いずれにせよ、これによってエジプトはアラブ諸国のなかで数少ない、イスラエルと国交をもつ国となりました。パレスチナ問題で一貫してイスラエルを支援してきた米国にとって、エジプトはアラブ諸国における重要な友好国になったのです。それは同時に、エジプトの当時の体制を支えることが米国の利益になったことを意味し、その結果、サダトやその後を受けたムバラク大統領による反体制派の弾圧を、米国をはじめ西側諸国は容認し続けたのです。そのなかで、世俗的なリベラル派だけでなく、イスラーム勢力も政治活動を制限され、なかでも貧困層に支持者の多いムスリム同胞団は、軍の支持を背景とする世俗的なサダト/ムバラク政権からみた最大の脅威となり、弾圧の対象となりました。これがイスラーム過激派の台頭を促し、1979年には貧弱救済などを主に行っていたムスリム同胞団から分裂した急進派アル・ジハードのメンバーがサダトを暗殺するに至ったことは、弾圧とテロの悪循環を示します。
2001年以降、米ブッシュ政権が最優先課題とした対テロ戦争は、エジプト政府をして、ムスリム同胞団を「テロ組織」として弾圧する大義名分を与えるものになりました。他方でブッシュ政権は、テロが起こる背景の一つに、政治的な異議申し立てができないという状況があると考え、2003年に中東各国の民主化を促す「中東民主化計画」を掲げました。これによって、ムバラク政権は少なくとも形式上、民主化に舵を切る必要に迫られたのです。これを受けて2005年、エジプトでは史上初となる、複数候補による議会、大統領選挙が実施されましたが、ムスリム同胞団は公式には参加が禁止され、ムバラク陣営が勝利しました。米国をはじめ西側諸国の政府は、エジプト政府がテロリストの取り締まりと民主化を両立させたと高く評価しましたが、反ムバラク勢力からみた場合、これが権威主義的なムバラク政権による出来レースと弾圧を容認するものであったとしても不思議ではありません。
「アラブの春」に先立つこれらの経緯に鑑みたとき、現在のエジプト危機に対する米国やEUの仲介の背景には、民主主義や人権といった理念にとどまらない動機付けがあるといえるでしょう。ムバラクが失脚したとはいえ、軍の要職を占める幹部の多くは旧体制時代と変わっていない、言い換えれば、クーデタを起こした軍にとって、モルシ支持者の中核であるムスリム同胞団は長年敵対し続けた相手である一方、西側諸国、なかでも米国は1970年代以来、友好関係を保ってきた間柄であります。同時に、穏健派とはいえイスラーム主義的なモルシ政権に、米国が少なからず警戒感をもっていたことも周知の事柄です。この状況下で、たとえ米国にとってモルシ派より暫定政府の方が組みやすいとしても、あるいはそうであるがゆえに、わずかでもクーデタに理解を示せば、(その真偽はともあれ)クーデタそのものが「米国の策謀」という印象を与えかねません。
少なくとも民主的な手続きで選出されたイスラーム主義政権を、(反モルシ派の支持を受けていたとはいえ)世俗的な軍部が力づくで転覆させたことは、穏健派イスラーム主義のモルシ政権のもとでやや静かにしていた急進派の活動を活発化させる契機になり得えます。これはちょうど、1990年のアルジェリア議会選挙でイスラーム救国戦線が勝利したことに警戒感を募らせた軍部が、選挙結果の無効を宣言して事実上の軍政を敷き、これがその後の同国におけるテロと武力鎮圧の連鎖をもたらしたのと同じパターンです。アルジェリアの場合、西側諸国は軍部の行動を黙認しましたが、これがイスラーム過激派の反欧米感情を一層悪化させる結果となったことに鑑みれば、今回の危機の沈静化に失敗すれば、エジプトで内乱が起こりかねず、ひいては新たな対テロ戦線が開くことになりかねません。(つづく)
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投稿履歴
(連載)エジプト危機は克服できるか(1)
六辻 彰二 2013-08-17 10:23
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(連載)エジプト危機は克服できるか(2)
六辻 彰二 2013-08-18 18:57
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(連載)エジプト危機は克服できるか(3)
六辻 彰二 2013-08-19 10:36
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