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2010-04-13 01:47
(連載)アメリカにおける第三党結成の歴史(1)
島 M. ゆうこ
エッセイスト
1776年のアメリカ独立宣言の引き金となったボストン テーィパーティは、税金そのものに反対していたのではなく、「代表無き税金」に反対した点で、現在のテーィパーティとは全く質が異なる。今アメリカを騒がしているテーィパーティは、第三党の結党を目的にしているとの見方があるとしたら、アメリカの政治運動の歴史は、似たような傾向を繰りかえしていると言える。1901年から1909年まで第26代大統領だった共和党のセオドア ルーズベルトは、1912年の大統領選でブル・ムース・パーティと称する第三党を結成し、約27%の支持率を得ている。
その結果、共和党は票を大きく割り、民主党のウッドロー ウィルソンが42%を獲得し勝利している。
アメリカの歴史上、ティーパーティに最も似た政治的動向には、1967年にカリフォルニア州がアメリカ・インディペンデント・パーティと呼ぶ第三党を結成した事が挙げられる。1960年代から1970年代は、特に冷戦時代の緊迫感や黒人の公民権運動などで騒然とした時代であり、共和党及び民主党の大統領の権限が大きく増大した時代であった。アメリカ・インディペンデント・パーティは、現在のティーパーティと全く同じように、大きな政府、増税、連邦政府の財務計画などに反対していた。
当時アラバマ州の知事だったジョージ ウォレスは、人口統計及び経済的にアメリカ最大の州であるカリフォルニアに出現したこの第三党を強烈に支持し、1968年の大統領選挙にその候補として出馬した。ウォレスは民主党の反公民権派で、黒人と白人の人種隔離を積極的に支持し、1964年に公民権法を制定した連邦政府と激しい衝突を起こした歴史上悪名高き知事である。公民権成立以前までは、南部の旧奴隷州、特にアラバマの民主党は保守的であり、政府の公民権支持の政策に猛烈な反対をしていた。
この第三党からのウォレスの出馬は、民主党の票を10%以上奪い、共和党の候補だったニクソンを1968年の大統領選挙に勝たせる要因の一つとなった。まだ歴史に新しい第三党運動としては、1991年に結成されたグリーン・パーティがある。現在のグリーン・パーティは、同じくボストンで共同自冶州グリーン・パーティ(ASGP)として環境問題を強調し、1991年に発足した組織である。(つづく)
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島 M. ゆうこ 2010-04-13 01:47
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島 M. ゆうこ 2010-04-14 10:09
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