国際政経懇話会

第287回国際政経懇話会メモ
「不確実性の時代における日本の対外戦略」

2016年10月19日(水)
グローバル・フォーラム
公益財団法人 日本国際フォーラム
東アジア共同体評議会

 第287回国際政経懇話会は、宮家邦彦・キヤノングローバル戦略研究所研究主幹を講師にお迎えし、「不確実性の時代における日本の対外戦略」と題して、下記1.~5.の要領で開催されたところ、その冒頭講話の概要は下記6.のとおりであった。その後、出席者との間で活発な質疑応答が行われたが、オフレコを前提としている当懇話会の性格上、これ以上の詳細は割愛する。

1.日時:2016年10月19日(水)正午より午後2時まで
2.場 所:日本国際フォーラム会議室(チュリス赤坂8階803号室)
3.テーマ:「不確実性の時代における日本の対外戦略」
4.講 師:宮家邦彦・キヤノングローバル戦略研究所研究主幹
5.出席者:16名
6.宮家邦彦・キヤノングローバル戦略研究所研究主幹の講話概要

(1)歴史のドライバーとしての「ダークサイド」の台頭

 現在の国際情勢は「不確実性の時代」と呼ぶべき特徴を示しているが、大事なことは、その現象にのみ目を奪われず、その背後ではたらく「歴史のドライバー」あるいは「パワーチェンジャー」とも呼びうる底流の力学を見極めることである。たとえば、米国大統領選に出馬しているトランプ候補の台頭も結果であり、原因ではない。トランプ現象の特徴は、彼の支持層にある。「白人男性、ブルーカラー、低学歴」が主な支持層だが、私は彼らを「ダークサイド」と呼んでいる。現在、米国ではアジア系の所得が白人よりも高く、中流以下の白人が没落しつつある。そして、人口数も白人よりマイノリティーの合計の方が上回っている。総じていえば、トランプ候補は「ダークサイド」台頭の結果であり、原因ではない。それゆえ、トランプ候補が負けてヒラリー・クリントン候補が勝ったとしても、「ダークサイド」は残るだろう。ただし、このようなトランプ現象は米国に限った現象ではなく、たとえば英国のEU離脱(ブレグジット)と同じ背景をもつ現象である。すなわちナショナリズムの復活である。欧州では、フランスでルペン氏等極右が台頭したように、既得権を享受する先住多数派の生活水準低下と、新発少数派や外国およびエスタブリッシュメントへの怒りが噴出している。日本では、安倍政権がダークサイドをコントロール出来ているので状況はまだましである。

(2)帝国の崩壊と核拡散問題

 同様に、中東の動乱についても、過去百年にわたるこの地域の国際秩序の崩壊、ひとことでいえばオスマン帝国崩壊という背景こそが「歴史のドライバー」である。現象としては、米国によるイラク占領が失敗し、レバント、湾岸諸国の破綻国家化が進み、IS等が台頭しテロが活性化した。そもそも、帝国は少数の支配者が多数派を支配するシステムである。その帝国が崩壊すれば、支配者だった少数派は多数派に支配されるようになる。いずれにせよ、ISは滅びない。ISはモスルを攻略されても無くならない。そして、シリア情勢は絶望的である。しかも、シリア問題が解決しないようにするために、ロシアまでが参戦してきた。現在、イラク・シリア間には国境が無いも同然である。現在の中東国際秩序の原点にあったサイクス・ピコ協定は無効化した。2003年からエスニック・クレンジングが起きている。オスマン帝国崩壊はシリア、イラクで止まらず、ヨルダン、そしてメッカおよびメディナを擁するサウジアラビアまでいくだろう。他方、この状況に伴う核拡散の脅威は深刻である。2015年のイラン核不拡散合意は、米国がイランの核開発を止められなかったことを意味し、中東湾岸諸国および非核兵器所有国への核兵器拡散の始まりを意味する。いずれ、イランは、イラクのフセイン政権が核を持っていなかったがゆえに米国に倒されたと考えているふしがあり、核保有に向かうと考えられる。その核はさらにサウジアラビア、エジプト、トルコへも拡散する恐れがある。

(3)2030年の世界の展望

 欧州ではEUが弱体化し、独露による競争が激化する可能性がある。旧オスマン帝国中東部は崩壊し、ヨルダンおよびサウジアラビアで政変が起こり、ISのような非国家アクターがさらに台頭する可能性がある。たとえISが消滅したとしても、別のブランドを掲げるテロリストが立ち上がるだろう。イラン、サウジアラビア、そしてトルコへ核が拡散し、そして、核を持つテロリストが現れるだろう。東アジアでは、第一列島線内から米軍が撤退するかもしれない。また、中国国内の混乱に乗じて朝鮮半島統一および台湾独立が実現する可能性がある。国有企業改革が出来なければ、2020年頃には中国経済は頭打ちになる。そして、中国のリスクは経済よりも政治にある。中国共産党の正統性を維持できるかは疑問である。米国では、レーガン共和党の崩壊が起こる。民主党政権下であっても、新保守主義的傾向が続くだろう。トランプ候補が相当数の票を獲得しながら負ければ、共和党は崩壊して1980年以来の政界再編が起こる。共和党はこのままだとダークサイドの政党になる。とはいえ、人口・領土・技術革新・自由主義・政治的安定等といった国際関係におけるパワー持続の条件を現在、一番満たしているのが米国であるという事実は重要である。むしろ米国は持てるパワーをうまく発揮しきれていないことが問題である。

(文責、在事務局)