国際政経懇話会

第285回国際政経懇話会メモ
「積極的平和主義と日本外交」

2016年7月5日(火)
グローバル・フォーラム
公益財団法人 日本国際フォーラム
東アジア共同体評議会

 第285回国際政経懇話会は、杉山晋輔・外務事務次官を講師にお迎えし、「積極的平和主義と日本外交」と題して、下記1.~5.の要領で開催されたところ、その冒頭講話の概要は下記6.のとおりであった。その後、出席者との間で活発な質疑応答が行われたが、オフレコを前提としている当懇話会の性格上、これ以上の詳細は割愛する。

1.日時:2016年7月5日(火)正午より午後2時まで
2.場 所:日本国際フォーラム会議室(チュリス赤坂8階803号室)
3.テーマ:「積極的平和主義と日本外交」
4.講 師:杉山晋輔・外務事務次官
5.出席者:32名
6.杉山晋輔・外務事務次官の講話概要

(1)安倍晋三内閣総理大臣

 安倍総理は「国際協調主義に基づく積極的平和主義」の旗を掲げて「地球儀俯瞰外交」を行っている。安倍総理は、これまでの日本の宰相の中で、日米同盟を中心としながらも、米国だけでなくアジア、中東、アフリカにまで手を伸ばした数少ない首相の一人である。日本は過去20年間、小泉政権期を除き、1~2年間毎に総理が替わり続けてきた。人口減少、財政赤字、デフレマインドで政治が弱く、役人も何もやれない縮みモードだった。そんな中、外務省は大臣に恵まれていた。現在、日本以外の諸外国はほとんどが調子が悪くなっている。日本一国だけが政治的に安定しているとさえ言いうる状況である。G7各国首脳の中で、今一番勢いがあるのは安倍総理であると言っても過言ではない。米国のオバマ大統領はもうすぐ任期が切れるし、カナダの総理はカリスマ性 があるものの、就任したばかりで経験が浅い。フランスのオランド大統領は支持率が20%以下しかない。

(2)英国のEU離脱問題

 Brexit(英国のEU離脱問題)に関する英国の国民投票の結果は「離脱」派の勝利であったが、世界経済に対してただちに大きな影響は出ていないし、外為も1ドル102円くらいで安定感、下どまり感があるので、ただちに大きなリスクにはなってはいない。しかし、リーマンショック前のG8時のように「何も言わないということはすべきでない」と、安倍総理はG7サミットで仰った。これは力強い発言であった。G7サミットの中で、安倍総理大臣は「世界経済の問題に協調して対応しよう」と、存在感を示した。

(3)中国の軍事力増強

 ヨーロッパ諸国は、中国とは距離が遠く、ミサイルが飛来する心配も無いので、中国をビジネス相手国くらいにしか思っていない。しかし、中国の不透明な軍事力増強は、国際社会全体の問題である。ヨーロッパ諸国はロシアの軍事力増強には強い懸念を表明しているが、中国に関してはそれが足りない。中国は現在、空母1隻、原潜6隻、駆逐艦多数を保有している。中国の空母機動部隊が完全にファンクションするのにはまだ時間がかかろうが、いずれ時間の問題である。中国は2隻目の空母建艦を既に公言している。在日米軍は、対北朝鮮の目的で横須賀に空母機動部隊を1部隊、これに加えてもう1機動部隊を駐留させてきた。もし、中国の海軍が第二列島線を超えれば、米空母機動部隊が横須賀から出航してそれを抑止する体制にある。レーダーが完成すれば、5~10年後には確実に第二列島線を超えようとし、そこで抑止されなければ、マラッカ海峡も超え、インド洋へ出る。そのために、ジブチに基地を造った。中国はジブチの基地だけでなく、スリランカ、バングラデシュ、パキスタンにも港を造るだろう。米軍は、大西洋および太平洋には基地や港を確保しているが、インド洋には母港といった意味での基地も港も確保できていない。そのため、インドは、安全保障面で米国に頼れないので、自前で空母を造ろうとしている。中国の軍事力増強は、アジア太平洋問題ではなく、インド太平洋問題である。数年後、ジブチに中国の空母機動部隊が展開してしまう危険がある。そうすると、アフリカが中国にやられる。そうなると、ヨーロッパ諸国は裏庭をやられることとなる。ヨーロッパ諸国は、そのことに対する危機感が薄過ぎる。ロシアは核弾頭保有数量では中国を上回っているが、潜在的軍事力では既に、中国がロシアを遥かに上回っている。これは歴史の趨勢である。

(4)南シナ海問題

 ロシアはクリミアを一方的に併合したが、中国も同じように併合を、それも遥かに大きな規模で南シナ海で行っている。中国は短期間で南シナ海の珊瑚礁を埋立てて、飛行場まで造り、それを自衛目的とまで強弁した。自衛目的とは、つまり、軍事目的である。中国の行動に対し、フィリピンは「南シナ海の一部地形はEEZを有しない低潮高地または岩である」と主張した。国際法は法だが、国際仲裁裁判所の裁判官は政治的な判断を下すことが多い。南シナ海問題に関する裁判では、フィリピンが全面勝訴するのではないか。「中国が領有権を主張する南シナ海の地形は岩であり、EEZは無い」と判決が出る可能性がある。中国が「歴史的な権利」を主張する九段線も、「領有権を認められない」との判決が下る可能性がある。中国は仲裁裁判所そのものを認めていないので、仮に一部中国に有利な内容の勝訴の判決が出たとしても、中国はその判決を認めないと思う。一部でも認めてしまったら、中国は、仲裁裁判所の存在を認めてしまい、今までの主張との整合性が取れなくなってしまうからである。我が国は、「どんな判決であれ、フィリピンも中国も判決に従うべきである」とステートメントを出す予定である。なお、対中弱腰外交に関してだが、ASEAN諸国の中ではミャンマーでも、ラオスでもなく、ブルネイがカンボジアの次に危ないと思っている。中国に対して加盟国が全会一致で言うべきことを言えないASEANを共同体とは呼べない。ASEANの結束力は弱い。南シナ海問題は、軍事力を使わない法に則った闘いである。

(文責、在事務局)