国際政経懇話会

第268回国際政経懇話会メモ
「アベノミクスの成果と今後の展開」

 第268回国際政経懇話会は、岩田一政日本経済研究センター理事長を講師にお迎えし、「アベノミクスの成果と今後の展開」と題して、下記1.~5.の要領で開催されたところ、その冒頭講話の概要は下記6.のとおりであった。

1.日 時:2014年9月3日(水)正午より午後2時まで
2.場 所:日本国際フォーラム会議室(チュリス赤坂8階803号室)
3.テーマ:「アベノミクスの成果と今後の展開」
4.講 師:岩田 一政 日本経済研究センター理事長
5.出席者:26名

6.講師講話概要

 岩田一政日本経済研究センター理事長の講話概要は次の通り。その後、出席者との間で活発な質疑応答が行われたが、オフレコを前提としている当懇話会の性格上、これ以上の詳細は割愛する。

 1933年にケインズはフランクリン・ルーズベルト大統領に公開書簡を送り、(1)cheap money(金利2.5%以下へ)、(2)wise spending(機動的財政政策)、(3)国内物価安定を目指した(米英間の為替レート取り決め)の3点を提案したが、アベノミクスは、(1)+(2)+成長戦略に相当する。日本経済の景気回復の現状は、万全とは言い難く、円安の方向がどれほど望ましいかについても疑問がある。労働(人口減少)や資本(高齢化による貯蓄率低下)が今後の成長要因として期待できないとすれば、経済全体の生産性の向上を図るよりなく、そのためにはイノベーションと制度の質向上が必要だ。

アベノミクスの成果による成長率の変化

 アベノミクスの開始以来、円高の是正、株高、企業・家計のマインド好転が実現している。しかし、2013~15年度の成長率は2.3%、0.5%、1.3%の見込みであり、「日本再興戦略」の2%目標には届いていない。なお、2014年4~6月期の実質成長率は、前期比年率マイナス6.8%の後、7~9月期には4.2%成長すると予測している。失業率は7月に3.8%まで低下し、名目賃金も上昇に転じているが、実質賃金は大幅なマイナスの伸びが続いている。中長期の成長率引き上げには「異次元の改革とイノベーション」が必要であり、人口減少に歯止めをかけることも期待成長率を引き上げる効果がある。

アベノミクスの成果によるインフレ率の変化

 生鮮食品を除く消費者物価上昇率は、4月の1.5%から7月に1.3%となり、食料・エネルギーを除く消費者物価上昇率は、4月の0.8%から7月に0.6%となった。円安による輸入物価上昇率は、2013年度に13.6%上昇したが、足元で2%台に低下している。今後、GDPギャップが縮小しないのであれば、先行き輸入物価の押し上げ効果は剥落していくことになる。デフレ・ギャップが存在しているにも関わらず物価が1%台半ばまで上昇したのは、GDPギャップの変化と輸入インフレの加速によるものである。足元の実質実効為替レートは、均衡レートに比べてやや円安に振れている。IMFの2014年対日審査では、2%のインフレ目標達成は、2017年にずれこむこと、また、足元の物価上昇率は円安による部分が大きく、為替レートの変動に反応しない非貿易財の物価上昇率は0.5%以下であると論じている。2%のインフレ期待が安定的にアンカーされるには少なくとも5年はかかる。

今後の金融政策運営

 CPIコア・インフレ率が1%を切る場合には追加緩和が必要になる。追加緩和の内容は、ETFや財投債・地方債の購入に加えて、成長促進のための低利融資が考えられる。しかし、その効果は物価の下振れを抑制する程度にとどまるであろう。10月時点には、2015、16年度の量および金利面でのフォワード・ガイダンスが必要になろう。2%のインフレ目標達成までの間に、財政不均衡を是正する目処が立っていることが重要である。異次元の金融政策の継続は、出口過程における日本銀行のバランス・シート毀損のリスクを増大させる。政府と日銀の間で事前に異次元の金融政策実施に伴う収益・損失の扱いを協議しておく必要がある。金融不均衡発生のリスクに対しても、マクロプルーデンス政策の実施体制を整備する必要がある。

経常収支の赤字について

 6月の経常収支は、小幅の黒字にとどまり、貿易サービス収支は27ヵ月連続して赤字になった。市場のコンセンサスは、消費税率引き上げ以降は経常収支黒字が継続することになっている。日本の国際収支構造は、27ヵ月前に貿易サービス収支の赤字化により「未成熟の債権国」から「成熟した債権国」へ、さらに経常収支の赤字化から「債権取り崩し国」に移行しつつある。

異次元改革の重要性

 日本は、国民の生活が豊かであるばかりでなく、他国にも影響を与えることができる一流国を目指した政策運営を実施すべきである。制度改革については、政治制度の安定度、市場の開放度、ジェンダーギャップ解消、起業の容易さ、労働市場の柔軟性など「制度の質」を高めることで経済全体の生産性を向上させることが可能である。財政破綻を回避し、政府債務・名目GDP比率を安定化するには、消費税率を少なくとも25%まで引き上げることが求められる。ローレンス・サマーズ元財務長官の指摘するように「自然利子率」がマイナスにならないためには「一人当たり消費の増加率」が中長期的にプラスになることが必要である。

イノベーションの必要性

 制度改革とイノベーションには補完性がある。「第二の機械時代」において、2025年までに経済や生活を一変させる「破壊的技術12」のうち、10は、IT関連である。ドイツ産業界は、internet of things and services と3Dプリンティングを組み合わせた製造業の6次産業化を推進している。

成長・改革シナリオ

 経済学は、一国における「最適な人口規模」についての適切な理論を備えていない。人口の最適な増加率については、サミュエルソンの「黄金律中の黄金律経済」の理論がある。人々の経済厚生を最大化する最適な人口増加率は、資本収益率に等しい。働く世代と退職世代が存在する経済では、最適な人口増加率は、退職世代の消費と正の関係がある。少なくとも人口減少に歯止めをかけ、100年の計で9,000万人の人口規模を維持すべきである。毎年20万人程度の移民受け入れを2050年までに実現することにしてはどうか。

(文責、在事務局)