国際政経懇話会

第239回国際政経懇話会
「東日本大震災に対するクライシス・マネージメント」(メモ)

 第239回国際政経懇話会は、菅前政権では現地復興対策本部長を務められ、現在は内閣総理大臣補佐官として東日本大震災復興対策を担当されている末松義規内閣総理大臣補佐官を講師に迎え、「東日本大震災に対するクライシス・マネージメント」と題して、下記1.~5.の要領で開催されたところ、その冒頭講話の概要は下記6.のとおりであった。

1.日 時:2011年11月18日(金)正午より午後2時まで
2.場 所:日本国際フォーラム会議室
3.テーマ:「東日本大震災に対するクライシス・マネージメント」
4.講 師:末松義規   内閣総理大臣補佐官
5.出席者:19名

6.講師講話概要

 末松義規内閣総理大臣補佐官の講話概要は次の通り。その後、出席者との間で活発な質疑応答が行われたが、議論についてはオフレコを前提としている当懇話会の性格上、これ以上の詳細は割愛する。

リスク・マネージメントとクライシス・マネージメントの違い

 緊急事態はいつ、どこでも発生しうるが、その性質によって対応方法はリスク・マネージメントとクライシス・マネージメントに分けられる。リスク・マネージメントは、発生した緊急事態に対して前例やマニュアルがあり、事務的に対応できる場合をいう。一方、クライシス・マネージメントといった場合、その緊急事態に対して前例がなく、初めての経験であり、対応するための資金や法的枠組み、人的資源がない、という状況での対応を迫られる。その方針を決めるのが国や組織のトップである。たとえるならば、政治家は「脳」、行政は「自律神経」であり、危険が迫ったときには、どちらの方向に逃げるのか、「脳」である政治家が決断をしなければならない。これが政治決定であり、指導者の資質である。しかし、「脳」の部分を行政に担ってもらっていたのが今までの実態であった。また、緊急事態にかかわる問題として無視できない問題に、マスコミとのリスク・コミュニケーションの問題がある。その一例が、IAEAの発表にかかわるマスコミの報道ぶりである。本年10月にIAEAから日本に派遣された除染調査団が、調査の暫定的な結論としてプレスセンターで発表した内容は、日本のこれまでの除染作業や今後の除染計画を評価するものであったが、新聞などのマスコミではほとんど報道されなかった。もしIAEAが日本を非難するような報告をしていたら、マスコミは飛びついて記事にしただろう。日本政府は日頃からマスコミとの信頼関係の構築に努める必要があるが、新聞などのメディアも事実に即し、冷静に報道することが求められる。

東日本大震災対応における3つの挑戦

(イ)税・補助金活用に対する挑戦
 震災対応でまず悩まされたのは、補助金適正化法の「税金・補助金は私有財産の形成に資してはならない」という大原則である。この原則に従えば、地震による地盤沈下によって被害を受けた防波堤・防潮堤や、港湾・漁港・水産施設には、その多くが国や県の財産であるためすぐに補助金がおりるが、水産加工団地や宅地は民有地であるため、政府から補助金を拠出するためには、その理由づけや、スキームづくりの必要があった。例えば仙台の折立地区における民間造成宅地の地盤沈下に対し、当初は国と県の補助額は2分の1までであったが、全額国の負担とし、集団移転する場合にはその補助額の上限を実質取り去った。そのほか、企業復興対策として「中小企業へのグループ補助金」を設置したが、これは1企業に対する補助金は「私有財産」とみなされるため、2企業以上なら「公」と認めるという理由づけで補助金拠出を可能としたものである。現在は、一括交付金制度や復興交付金制度の設置、復興特区制度の設立を通じたお金における地方負担の実質ゼロ化、手続きの簡素化やワンストップ化を図ることで、地方の手続きにおける負担軽減に取り組んでいる。

(ロ)「硬直的な行政」スピード・アップの挑戦
 行政の硬直性を最も痛感したのは、がれきの処理をめぐる費用拠出の問題である。同処理の費用は国と県の両方が負担することになっていたが、実際には市そのものの能力限界、県や国の行政のスピード問題等により、結果としてがれき除去がなかなか進まないという状況であった。このため、国が全額負担するようにしたが、現場では緊急性が高い問題であるにかかわらず、国が処理費用の支払いを許可してから、実際に費用が支払われるまでには複雑な手続きが要求され、支払いまでに時間がかかった。このため手続きの簡素化とスピード・アップに取り組んだ。また、現地復興対策本部長時代には、災害復旧査定作業を年内で終えるようにスピード・アップを図った。そのほか、実体験をつうじて、復興計画の策定については、市町村だけでは策定能力に限界がある、国が直接コンサルタントや専門家を派遣し、一緒に作り上げるようにする必要があると感じた。

(ハ)未経験の課題に対する挑戦
 「クライシス」の問題である放射線問題については、福島原発の炉の温度や敷地境界線の放射線量0.1ミリシーベルトという水準をいかに今後も安定させていくかが課題である。また、なかなか進まない放射能の除染については、その最大要因である除染した土や稲わらなどの放射性物質の仮置き場をどこに確保し、中間・最終処分をどこでするか、という問題がある。そのほか、放射線地域からの避難、被災者への生活支援、集団移転、といった問題や、賠償をどこで線引きしていくかということも考えていかねばならない。

(ニ)今後の課題
 今後の課題としては、東南海・南海地震が発生し、二正面作戦を余儀なくされたときにどう対応するか、国債などのいわゆる国の借金が1000兆円超になるという財源の過大化をどうするか、といった問題や、復興に関わる人材不足の問題、被災地への再定住化にどう取り組むか、などがある。国際社会への貢献という観点からは、今回の震災復興の経験を、日本がモデルとなる貴重な知的財産という形で、どこまで貢献することができるか、という課題がある。

(文責、在事務局)