国際政経懇話会

第234回国際政経懇話会
「中東の政治変動とその背景」(メモ)

 第234回国際政経懇話会は、立山良司防衛大学校教授を講師に迎え、「中東の政治変動とその背景」と題して、下記1.~5.の要領で開催されたところ、その冒頭講話の概要は下記6.のとおりであった。

1.日 時:2011年5月19日(木)正午より午後2時まで
2.場 所:日本国際フォーラム会議室
3.テーマ:「中東の政治変動とその背景」
4.講 師:立山良司 防衛大学校教授
5.出席者:19名

6.講師講話概要

 立山良司防衛大学校教授の講話概要は次の通り。その後、出席者との間で活発な質疑応答が行われたが、議論についてはオフレコを前提としている当懇話会の性格上、これ以上の詳細は割愛する。

「アラブの春」の背景と現状

 2011年初頭(より正確に言えば2010年末)から巻き起こったアラブ諸国における政変の嵐には、おおむね次のような共通する背景を指摘することができるだろう。すなわち、若年層における失業率の高さ、富の偏在、為政者やその家族・一族の腐敗、汚職、不公正感、基本的人権の侵害、政治参加の否定と「閉塞感」、無力な野党勢力、などの要素である。次いで、2011年5月現在の各国の現状を概観するならば、チュニジアやエジプトは既に体制移行過程へ入っており、ヨルダン、サウジアラビア、オマーン、モロッコでは反体制勢力に対する宥和政策が採られている。国家による徹底的な抑え込みが行われているのがバハレーンであり、リビアは内戦状態にある。シリアとイエメンの今後は依然として不透明だ。中東の専門家はこれまで、秘密警察や武力弾圧、レンティア国家論(注)などを根拠として、「アラブに民主化の波は来ない」と常々主張してきた。同時に、中東の独裁者たちもまた、「民主化を促進するとイスラーム原理主義者が台頭する」という「誤った」二者択一論を盾に、自分たちの独裁体制を欧米世界に対して正当化してきた。今次の政変の嵐により、世界はこうした議論の再考を余儀なくされたと言えるだろう。

アラブ政治の新しいアクター

 今次の政変における大きな特徴としては、これまで政治の表舞台には登場してこなかった新しいアクターが前面に躍り出てきた点を指摘することができる。その代表的な存在が「労働組合」や「若者たちの運動」であり、彼らはセルビアの反体制運動Otporの方法論などを参考としつつ、インターネットやFacebookといった、いわゆるニューメディアを駆使することで、その影響力を急激に拡大してきた。彼らは、1960年代に栄華を極めたアラブ民族主義のうねりを知らない世代であり、また、1990年代に暴力へと沈んだイスラーム過激主義の行き詰まりを直接身近で見てきた世代でもある。そうした新しい世代の政治アクターが政治の表舞台に躍り出た点が、今次の政変における最大の特徴である。他方で、中東各国における「反体制派」の代名詞とも言える「イスラーム主義」組織は、今回の政変では表舞台に出てこなかったが、この点も極めて特徴的であった。

米国の対応

 他方で、こうしたアラブ世界の大規模政変に対して、米国は主として次の3つの対応を示した。第1の対応はチュニジとエジプトに対するものであり、この2ヶ国国は比較的国家体制が成熟していたことから、「即時体制移行を要求する」という対応を示した。第2はバハレーンとイエメンに対するものであるが、この2ヶ国は宗派や部族の問題をはらんだ国家であり、かつ地政学的にも要衝に位置する国家であることから、体制の崩壊が即米国の国益を損なう恐れがあるとの配慮が働き、「改革要求しながらも、即時体制移行求めず」という対応を示した。第3はリビアに対するものであるが、米国はリビアに対して直接的な権益をほとんど有さないことから、「問答無用の軍事介入」という強硬姿勢を示した。なお、こうした「直接的軍事介入」に関して言えば、オバマ米大統領が3月28日、次のような原則を発表していることにも触れておく必要があるだろう。第1に、虐殺防止は米国の国益であり、そのための軍事介入もあり得る。第2に、軍事介入はあくまで単独では行わず、国連の授権と国際協調が前提である。第3に、軍事力による体制転換は行わない、という3点である。

今後の展開と日本の対応

 もっとも、本当に問題となるのは、今後、すなわち「革命」後である。今回の反体制運動の主たる担い手である若年層は総じて政治的な経験が不足しており、また社会全体も政党政治の経験が無いなど、「民主化」に慣れていない。こうした要因により、今後、新しい制度や体制を構築するに際しては、様々な困難が待ち受けていることが予想される。他方で日本政府としては、こうしたアラブ諸国に対して、経済・産業支援以外にも広範な支援の可能性が想定できる。たとえば、軍・治安改革、基本的人権の確立(法制度、パブリック・アウェアネスなど)、司法制度の確立、メディア育成、民主化要求の若者の運動支援、教育内容改善などである。今回のアラブ世界の大規模政変をきっかけとして、日本人が中東情勢に対して関心を持つこと、そして日本政府が独自で戦略的な中東外交を展開できるようになることを期待したい。

(注)レンティア国家:「レンティア国家」(rentier state)とは、天然資源などに代表される「レント(不労所得)」から得られる収入を財政基盤とする国家を指す用語。かねてより、巨額のレントによって支えられる政府財源は国内の経済活動とほとんど関係がなく、政府はこの富を国民に配分することによって正統性を得ることが可能となるため、真に改革が必要とされている問題に目を向けずに、非民主的な政治・社会状況を維持することが可能となると論じられてきた。

(文責、在事務局)