外交円卓懇談会
第61回外交円卓懇談会
「東アジアの地域統合と韓国の立場」(メモ)
第61回外交円卓懇談会は、陳昌洙韓国世宗研究所日本研究センター長を報告者に迎え、「東アジアの地域統合と韓国の立場」と題して、下記1.~5.の要領で開催されたところ、その冒頭講話の概要は下記6.のとおりであった。
1.日 時:2010年7月7日(水)午後3時より午後4時半まで
2.場 所:日本国際フォーラム会議室
3.テーマ:「東アジアの地域統合と韓国の立場」
4.報告者:陳昌洙(JIN Chang Soo) 韓国世宗研究所日本研究センター長
5.出席者:29名
6.報告者講話概要
陳昌洙韓国世宗研究所日本研究センター長の講話概要は次の通り。その後、出席者との間で活発な質疑応答が行われた。
東アジア地域協力の新しい動き
1997年のアジア金融危機、2008年の世界金融危機を経て、東アジア各国も多国間協力の必要性を認識し、地域協力の枠組みは新しい動きを見せている。具体的に言えば、様々な地域的枠組み作りに関する構成や構想が競合する中で、日中韓三ヶ国の戦略的重要性が増している。その背景には、東アジア経済の規模拡大が続いていること、APEC等の旧来のメカニズムが十分に機能していないこと、また、同地域において日本の民主党政権や韓国の李明博政権といった新政権が誕生して、新しい政策を打ち出していること、が挙げられる。
東アジアの不安定要素
一方、東アジアは不安定な秩序の中にある。これは、同地域において、前近代的な葛藤(歴史問題、領土問題、朝鮮半島分断)、近代的な競争(日中の勢力均衡の変化)、超近代的な競争(グローバリゼーション)の3つの要素が、一つも解決ないし対処されないまま、様々な問題を複合的に生起させるという複雑な状況を生み出しているからである。対照的に、欧州は、グローバル時代に合わせた超近代的な秩序形成の段階に入っている。欧州と東アジアの地域統合をめぐる状況がこれほどまでに異なるのには理由がある。それは、東アジアの地域協力の枠組みが、経済分野と安全保障分野から成る二重構造になっているからである。また、日本と中国が、相互協力の必要性を認識しつつも、主導権争いを行っていることも影響している。さらに、地域協力に関して、日中韓がそれぞれの国益に応じて別々の枠組みを推していることも挙げられる。東アジアが、これらの諸要因を乗り越えて、近い将来に欧州のような地域統合の道のりを歩み出す見込みは薄い。
今後の東アジアにおける「中国要因」と日本
それでは、今後の東アジアにおける地域協力はどうなっていくのだろうか。最も考慮すべきは、中国の動向、言うなれば「中国要因」である。中国は、安価な工業製品を輸出する「世界の工場」から、海外から巨額の輸入を行う「世界の市場」へと移行しつつある。このことは、周辺国(特に輸出主導型の産業構造を持つ日本と韓国)の対中国依存を深める結果となり、ひいては中国の影響力の増大、裏返せば、日韓のバーゲニング・パワーの相対的低下が予測される。輸出に重点をおいた日韓の経済構造は今後も継続するであろうし、10%前後の中国の高度経済成長は今後も10年くらいは続くだろうと見込まれる。この結果、中国に対する周辺国の非対称的な経済依存構造はますます固定化するであろう。こうした展望が見込まれる中、日本の自民党政権は価値観外交(対中封じ込め政策)を展開したが、民主党政権は、この価値観外交からの脱皮を模索しつつ、米国との関係の再構築に失敗し、結局は自民党の政策との差別化に失敗した。畢竟、日本には具体的な入亜戦略が存在しないことが明らかとなり、韓国を含むアジア各国においては、日本に対する無関心と幻滅が生まれている。
韓国の「新アジア構想」
2008年に発足した李明博政権は、10年ぶりの保守派政権であるが、盧武鉉政権などの進歩派政権が南北問題を最優先課題とし、米中関係についてもゼロサムゲーム論を取ったのに対し、経済成長を最重要視し、米中関係についてはゼロサムゲームとは見ていない。進歩派政権が米中を取り持つバランサーの役割を担おうとしたのに対して、李明博政権は米中の互恵的な関係構築を目指している。この韓国の変化は、中国において、韓国が米国寄りになった兆候と認識されている。しかし、李政権の狙いは、韓国外交のスコープをアジア全域に拡大させ、地球規模的な問題も含めた様々な課題に関して韓国が積極的に地域的貢献を果たすようになることである。この政策は、韓国では「新アジア構想」と呼ばれているが、日本と中国との間、また先進国と後進国との間をとりもつかたちで、韓国の中堅国家としての立場を確立し、同時に国際的地位を高めることを目指すものである。そのために韓国は、日中韓の三カ国関係を核(core network)としながら、既存の地域的枠組みを活用しつつ、段階的に地域協力への貢献度を高めてゆく方針である。中国との関係設定については、中国を多国間枠組みの中に取り込み、同国の行動を制度的に拘束(binding)してゆくことが必要だと考えている。
7.出席者意見交換概要
このあと、講師及び出席者による意見交換が行われたが、特に注目すべき発言要旨は次のとおり。
日韓FTAについて
出席者より「日韓のFTA交渉は進んでいないが、展望はどうか」、「日中韓FTAに関する3国間共同研究グループの使用言語が英語であるため、専門的で細部にわたる意思疎通の妨げになっていると仄聞している。同時通訳を活用すべきではないか」、「中国は日中韓FTAの実現に大変積極的で、2012年までの締結を目指しているが、これに対する韓国の見方如何」、「日中韓の枠組みでやるのなら、WTOメンバーでもある台湾も入れるべきではないか」などの質問がなされた。
これに対して、講師より「李明博政権中には日韓FTA締結の見込みは薄いと見ている」、「FTA交渉では、韓国は日本が農産品分野において妥協することを前提として交渉を開始するとの立場だが、日本側は交渉開始後に話し合われるべき内容であるとしているため、両者の認識が異なってしまっている」、「日韓FTAの締結は韓国国内の中小企業に打撃を与えるため、長期的には利点が多いことが分かっていても、重大な政治的決断なくしては実現は難しい。そして、政治的決断ということになると、歴史問題などが顔を出してくる」、「日本とのFTA締結に利益を見出せない韓国は、むしろ米国とのFTAに関心を移している」などの発言がなされた。
歴史認識をめぐって
出席者から「歴史認識をめぐる問題は、それ自体としてだけでなく、日韓間のあらゆる問題の背景にあって、微妙な負の影響を及ぼしている。そのことに日本人は意外と気付いていないのではないか」、「韓国併合100周年となる今年8月22日までは、日韓の外交関係に動きは見られないだろう」などの発言がなされた。
これに対して、講師より「実際には、韓国国民は歴史問題にそれほど強いこだわりを持ってはいない。事実、在韓国日本大使館前で開催されるデモの参加者は減り続けている」、「中国への対応の観点から、日本の重要性と協力の必要性に対する理解は、韓国世論において成熟してきている」、「最近の韓国では、日韓の歴史認識の問題よりも、北朝鮮問題、台頭する中国への対応、地球規模の課題といったことの方がイシューとなっている」、「2010年8月に韓国併合から100周年という節目の時期を迎える。そのタイミングで日本政府が何らかの誠意を見せることがベターではあるが、韓国政府側から何らかの要請を行うことはしないし、できない」、「韓国も歴史問題に関する認識の変化が必要。しかし、日本ももう少し積極性をもって取り組んでもらいたい。実際の日本の動向は、韓国の期待に逆行している面がある」などの発言がなされた。
北朝鮮問題について
出席者から「今年3月の韓国哨戒艦沈没事件に対する中国の対応を、韓国はどうみているのか」、「韓国中心の半島統一が実現した場合、北朝鮮の主体思想はどう整理されるのか」、「既存の枠組みを活用して中国の動きを拘束した場合、東アジア共同体という新しい構想の位置づけはどうなるのか」などの質問がなされた。
これに対して、講師より「韓国は様々な人的ネットワークを駆使して、中国に働きかけを行っている」、「中国も今回の北朝鮮の行動には怒りを感じており、その怒りに韓国が働きかけ続けることによって、韓国は長期的に中国を説得できると考えている」、「同事件の後、日本の国会議員が韓国を訪問し、日米韓で合同軍事演習を行う案を持ってきた。北朝鮮を政敵と見る保守派の一部からは賛同が得られるかもしれないが、日本こそが政敵であるとみなす進歩派の支持は得られないだろう」、「金正日は残り3年ももたないと予想されており、北朝鮮政権内での権力闘争は激しさを増している」、「仮に金正日の息子が権力を引き継いだとしても、単独で全権限を掌握するのは難しいため、集団的な統治体制となろう。それは、中国の北朝鮮に対する影響力の増加を意味する」、「来るべき半島統一に備えて、韓国政府は複数のシナリオ作りに着手している」、「韓国政府は、(韓国主導下の)半島統一が日中米にとっても利益になるのだということを、首尾よく説明できるよう準備を行っている」などの発言がなされた。
様々な地域的枠組みと日本への期待
出席者から「これまでの韓国外交の理念的あるいは戦略的関心は、朝鮮半島の統一問題に比重があるようであり、東アジア共同体のような地域的な協力への関心度は必ずしも高くなかったとの印象をもっているが、それでよいか」、「昨年開催されたソウルでのNEAT・EAF総会に出席して、韓国政府の積極的な姿勢に印象づけられたが、これは李明博政権の外交スタンスを表していると考えてよいか」、「韓国のASEANに対する評価や姿勢がよく見えないが、どういうふうに理解すればよいか」、「韓国は日本と中国の間に立つバランサーたり得るか。韓国は民主主義や市場経済といった観念を日本と共有しているが、歴史問題となれば中国と立場を共有している」、「李明博政権が日本に対して求める将来的な協力関係強化のための最低限の条件はなにか」、「日米韓の三ヶ国で中国をけん制するのが最良の策ではないかと思うが、如何」などの発言がなされた。
これに対して、講師より「ASEANについては、要求するばかりで、実力が伴わず、それほど期待していない。むしろ、実際に諸問題に対処できる実力を有している日中韓で、その協力関係強化に関心がある」、「最良のシナリオは、日米韓で中国に圧力をかけるのではなく、日韓が協力して、中国を動かす構図を作り出すことだ。中国が今後どのような国家になっていくのかは不可知であり、日韓が協力して、中国を良い方向に導くことが重要である。日中韓の協力枠組みがある程度安定した後に、安全保障の観点から除外することのできない米国を参加させる、という考え方が韓国では一般的である」、「歴史認識や領土問題が、両国関係の様々な分野(含む経済関係)に否定的な影響を及ぼし続けていることは事実である」、「韓国が望んでいることは、日本に安定的な長期政権が誕生することである。なぜなら、国内政治の安定は、外国人参政権付与問題、靖国問題、従軍慰安婦問題といった日韓関係の懸案事項に関し、日本国民のコンセンサスを醸成させる機会を提供するからだ。これこそが、日韓の新たなパートナーシップ構築に向けた足掛かりとなろう」などの発言がなされた。
(文責、在事務局)