外交円卓懇談会

第56回外交円卓懇談会
「リスボン条約後のEU」(メモ)

 第56回外交円卓懇談会は、ユアン・ミルチャ・パシュク欧州議会外交副委員長を報告者に迎え、「リスボン条約後のEU」と題して、下記1.~5.の要領で開催されたところ、その冒頭講話の概要は下記6.のとおりであった。

1.日 時:2010年1月25日(月)午後3時より午後4時半まで
2.場 所:日本国際フォーラム会議室
3.テーマ:「リスボン条約後のEU」
4.報告者:ユアン・ミルチャ・パシュク   欧州議会外交副委員長
5.出席者:21名

6.報告者講話概要

 ユアン・ミルチャ・パシュク欧州議会外交副委員長の講話概要は次の通り。その後、出席者との間で活発な質疑応答が行われたが、議論についてはオフレコを前提としている当懇談会の性格上、これ以上の詳細は割愛する。

欧州統合の背景とリスボン条約

 欧州統合は、第二次大戦後の冷戦下で生じた二極世界の中で、欧州が一定の地位を維持していくための政治的実験であったが、この実験を成功させるためには政治的なアプローチではなく、経済的アプローチ、すなわち経済統合を軸に推し進める必要があった。統合の主要な障害となったのは、独仏間の数世紀に及ぶ敵対関係であったが、両国の軍事産業の基盤となる石炭・鉄鋼産地を共同管理することによって乗り越えられた。この欧州の統合過程にたいしては、米国は冷戦期を通じて、マーシャル・プランによる経済的支援を、NATOによる軍事的支援を積極的に行ったが、この背景にはソ連に一致団結して対抗しうる勢力を西欧に確立する必要があったこと、また米国の余剰生産の受け皿としての大規模な市場を必要としたことなどがあったといえる。
 冷戦終焉後、国際システムは、米国を中心とする過渡的な一極構造を経て、9・11事件を契機に生じた多極構造へと推移していったが、その中で欧州統合は加速化し、1991年のマーストリヒト条約では欧州連合(EU)が設立されるとともに単一通貨ユーロが創設され、2001年には欧州憲法制定条約の議論が始まった。もっとも、欧州憲法制定条約はフランスとオランダでその批准が国民投票で否決されるなど、各国の足並みはそろわず、その結果、同条約の修正版として結ばれたのが2009年12月1日に発効したリスボン条約である。この条約では、欧州憲法が企図したさまざまな超国家的制度が維持されている。

リスボン条約のもたらした制度的革新

 リスボン条約は、欧州連合にいくつか重要な制度上の変化をもたらしたが、それらは①欧州連合が法人格を保有したこと、②どの加盟国も欧州連合から脱退する権利を保有すること、③欧州理事会理事長が欧州連合を国際的に代表すること、④欧州連合外交・安全保障政策上級代表/欧州委員会副委員長が、対外的には欧州連合の外交・安保政策を実施し、対内的には欧州連合の外交・安保政策を調整すること、⑤欧州対外活動局の新設、⑥欧州議会の権限強化、⑦加盟国の議会との連携強化、⑧加盟国市民の発言権強化、⑨閣僚理事会の選出方法の変更―55%の理事からの投票があり、その理事が代表する国の人口合計がEU人口の65%を占めなければならないという二重の特定多数決、⑩「基本権憲章」への法的拘束力の付与、の10の柱からなる。しかし、これらは制度化されはしたものの、その実施にあたっては今後試行錯誤して進むことが予想される。

リスボン条約以前との継続性

 もっとも、リスボン条約にかかわらず、それ以前から継続する特徴もいくつかみられる。それらは、①加盟国の外交・安保・防衛政策の大部分の権限が維持されたこと、②課税権、社会保障の大部分、欧州連合憲章の見直しをめぐる欧州連合の決定はコンセンサス方式によること、③加盟国は各国がきわめて重要と考える問題については、欧州連合の枠外で単独行動をすることができること、などである。リスボン条約は、欧州における、より効果的な多国間の連携枠組みを提供するものだが、多極化する世界において単独行動を求める加盟国を拘束する力はない。言い換えれば、この条約は欧州連合の対外関係におけるさらなる結束の可能性を生み出したものではあるものの、その可能性は27の加盟国の政治的意志なくしては実現しないということである。依然、欧州のさらなる統合には多くの課題が残されているといえる。他方、リスボン条約は欧州連合の共通防衛政策に関する枠組みの可能性に言及し、かつ相互援助協定を導入した初めての文書という意味で画期的でもある。今後、欧州連合の防衛政策は、NATOの枠組みと調和的であるべく調整が必要となるだろう。現段階では、各加盟国の政治的利害が欧州連合の意思決定プロセスを左右し続けると考えられる。つまり、欧州連合は主権国家を代替するものというよりも、それらの乗数であるということである。また、欧州連合が将来どのように推移していくかについては、欧州内部の情勢を観察するだけでは不十分であり、多極化しつつある世界の他の大国の認識や反応も見ることも重要である。

(文責、在事務局)