外交円卓懇談会
第107回外交円卓懇談会
「欧州から見た米国のアジア回帰」(メモ)
グローバル・フォーラム
公益財団法人日本国際フォーラム
東アジア共同体評議会
事務局
グローバル・フォーラム等3団体の共催する第107回外交円卓懇談会は、フレイザー・キャメロンEUアジアセンター所長を講師に迎え、「欧州から見た米国のアジア回帰」と題して、下記1.~5.の要領で開催されたところ、その冒頭講話の概要は下記6.のとおりであった。
1.日 時:2014年11月25日(火)15時30分より17時00分まで
2.場 所:日本国際フォーラム会議室
3.テーマ:「欧州から見た米国のアジア回帰」
4.報告者:フレイザー・キャメロンEUアジアセンター所長
5.出席者:17名
6.報告者講話概要
フレイザー・キャメロンEUアジアセンター所長の講話の概要は次の通り。その後、出席者との間で活発な質疑応答が行われたが、議論についてはオフレコを前提としている当懇談会の性格上、これ以上の詳細は割愛する。
米国とEUにとってのアジア
米国は中国の経済成長の高さを見て貿易関係の観点から軍事的プレゼンスを含むアジア回帰をしたのだ、という人がいる。しかし、自分が北京でもワシントンでも聴いた見方はそうではなく、米国は対中封じ込めのためにアジア回帰をしたのだというものである。現にオバマ大統領は先般の豪州でのスピーチにおいてアメリカの価値に言及した。以上のいずれについても自分の見方は異なる。と言うのは、そもそもリバランシングというほど大したことは起きていない。例えばリバランシングの具体例としてダーウィンの新しい米海軍基地を挙げる人がいるが、世間の関心はその戦略的意味合いにはなく、2000人の米兵が地元社会とうまくやっていけるかという社会的問題に焦点が当たっている。尖閣については、主権問題について米国は立場をとらないと言った上で日米安保条約による防衛の対象だと述べた。確かに米国は、ベトナム、フィリピン、マレーシア等との軍事的協力関係を強め、ASEAN地域統合への支持も表明し、インドとの関係強化も行おうとしてはいる。しかし、インドとの関係について述べれば、米国はむしろ両国関係を強めてドーハ・ラウンドを軌道に戻そうとしているのではないかと考えられる。
欧州では、米国のアジア回帰が言われ始めた当初には米国の対欧州関心が低下するのではないかと懸念する向きもあった。しかし実際には何が起きたかを見ると、さる9月のNATOサミットにおいてバルト諸国やポーランドをはじめとする東欧の防衛に再度コミットする等の動きとなっている。つまりプーチン大統領がNATOを蘇らせ、またEU諸国の団結を強めさせてしまったのである。
確かにEUはアジアにおいて空母も展開していないし、軍事同盟も持っていないが、アジアとの経済・貿易・投資関係には関心を有している。従って、アジアの安定、航行の自由、国際法に基づくシステムはEUにとって非常に重要である。
米国とEUはアジアで協力できるか?
米国とEUは対中協力をすることで合意していたが、殆ど具体化していない。例えば共通の価値の促進で協力できそうに見えるが、実は死刑をめぐる立場の違いがあり、逆にアジア側はEUが価値を云々すると植民地主義的介入と捉え反発しやすいので、双方の側からの限界がある。たしかに米国はリバランシングの過程でASEANを「再発見」し、米ASEAN首脳会談を開いた。ところが、地域統合はEUのDNAであって、米国のDNAではないので、ASEAN支援においてEUは米国よりも遥かに進んでいる。また中国を巻き込む米・EU協力がありうるかと言えば、例えばテロ対策での協力を実現すべきではないかと思い当たるものの、実は中国はテロについて欧米とは異なる見方をしておりロシアのテロ対策に近い。なお、サイバー・セキュリティや汚職対策について、米国とEUの対アジア関心は高まっている。
他方、アジアとの貿易や投資面では、米国とEUはTPP対日EU・EPAやボーイング対エアバスのように競争関係にあるものと、対日市場開放要求のように共通の立場に立つものがある。現在、EUは日本、インド、ベトナムとFTAを交渉中であり、シンガポールとは既にFTAを締結済みで、マレーシア、インドネシアとは間もなく交渉を開始する。
地域機構については、EUはEASに参加しておらず、米国はASEAN域外国であるが、ARFやシャングリラ・ダイアローグなどの重要な場には参加している。しかし、これらの組織は欧州が実現した地域統合とは程遠い。
オバマ政権とアジア回帰
オバマ大統領は既にレームダック化しており、国民皆保険や移民についての行政命令に対する共和党等国内からの批判もある。上下院とも共和党が支配している今、オバマ大統領の政策に議会の合意を得られるかどうか、就中大統領が貿易促進権限を与えられるかどうかも疑問である。TPPが批准されるかも分からないのに、日本をはじめとする各国は譲歩するであろうか。
中国との関係がどのように展開するかがピボットの鍵を握っている。共和党は対中封じ込め派と見られているが、しかし最初に中国に接近したのは共和党のニクソン大統領であった。共和党、民主党ともに中国と取り引きする用意も意欲もあるが、オバマ政権下でそれが実現することはないだろう。米国のアジア回帰はオバマ政権後も続くであろうが、民主党か共和党かによって展開は異なってくると思われる。中国の今後の発展はアジア回帰の鍵を握るものだが、中国が掲げる「新型大国間関係」は、米国と中国以外にもパワー・ブロックが存在する現代の世界を精密に描写していない。また、習近平国家主席の演説はアジアにばかり触れており、欧米や他の地域に言及することはほとんどない。すなわち習近平外交の焦点は近隣諸国にある。さらに中国は、国内に多くの問題を抱えており、近い将来に米国のようなグローバル・パワーになるというのは完全に幻想である。北京とワシントンの関係の鍵は、台頭する大国と相対的に衰退する大国の関係をどうマネージするかにある。米国は将来にわたり支配的な軍事国家であり続けるのだから、劇的な変化は起こらない。経済バランスは変化しようが、両国は相互に依存し続ける。中国は米国債の最大の保有者であり、米国は中国の最大の市場であるのだ。
今後のアジアにおける米国とEU
ピボットがグローバルな安全保障に与えうる意味合いは、特にバルト諸国とポーランドについてのNATO第5条適用に関するものであり、欧州がこれまで以上に担わなければならない可能性はある。自分は、米国が欧州に居続けることはないと考えている。そうした中、ゲーム・チェンジャーになっているのはロシアである。度重なる国際法違反、クリミアの併合、ウクライナ東部への介入は、NATOや欧州諸国を目覚めさせ、欧州に現存する危険に気付かせることとなった。その変化は、ロシアと繋がりの深かったドイツにおいて特に顕著である。どの欧州首脳よりもプーチン大統領を良く知っていたメルケル首相との関係も壊れ、プーチン大統領は欧州で孤立したと感じている。これはロシアとの2国間関係およびロシアの対中接近という意味で日本にも影響を及ぼす。
米国とアジア、また米国とEUの間には、包括的なアジェンダの全体像が欠けている。
国際政治の舞台はかつて何世紀にもわたりアジア中心であった。それが、近代の150年間において欧米中心となったのはアブノーマルな状況だったのであり、再びノーマルなアジア中心に戻るということだ。米国のアジア回帰は大規模なものではないが、そのようなことのシグナルなのではないか。
(文責、在事務局)