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2008-03-24 11:41

首相の「言葉」とチベット問題

佐島直子  専修大学教授
 あきれてものが言えない。3月20日付けの「福田内閣メールマガジン(第23号)」には、総編集長(内閣総理大臣福田康夫)の「言葉」にも、毎号掲載される各大臣のエッセイにも、そして編集長(内閣官房副長官大野松茂)の「ひとこと」にもチベット問題への言及が全くないのだ。ドル安、円高、もさることながら、なんといっても今、チベット問題は看過できないはずである。現在の騒擾が今後いかなる展開をみせるか、中国政府の対応如何では北京オリンピックの平穏な開催が危ぶまれているのだ。既に大きな国際問題へと発展しているチベット問題は「中国の内政問題」の一言では到底片付けられないはずである。隣国であり、自由と民主主義の国であり、経済大国であり、中国との少なくない外交課題を抱える日本の首相官邸には、この問題に関する国民への、国際社会への、ひいては中国への明確なメッセージは現在何一つないのだろうか?

 チベット問題に関する外務省の公式見解は「我が国は、(中略)現在の情勢につき、懸念し、注視している。我が国は、関係者の冷静な対応を求め、今回の事態が早期にかつ平和裡に沈静化することを強く期待する」ということで、個人的には全く物足りないけれど、対中関係を改善した(とされる)首相が心を込めてはっきりと発信すれば、この程度であっても、それはそれで立派なメッセージになるはずだ。記者のぶら下がり会見などではなく、個人個人に宛てて出すメルマガだからこそ「言いたいこと」はそのままに、「言えないこと」はそれなりに書けるではないか。

 ところが今号で福田首相は、とんでもないことを書いている。チベットに一言も触れもせずに、日銀の総裁人事(参院での不同意)を語って、「今回の事態は、日本が政治的に重要な決断を行えないというメッセージを、国際的に発信する結果となりました」という。おいおい、ちょっと待って欲しい。大事なメッセージを忘れて、そんなメッセージを軽々しく発しないで欲しい。反対ばかりする民主党に頭にきていて、何もかも民主党のせいにしたいなら、せめて「日本が」ではなく「民主党が政権をとれば」とでもすべきだろう。そして、もし本当に「日本が政治的に重要な決断を行えない」なら、ことは深刻で、軽々に首相が「発信」なんかしてはいけない。あなたが言っちゃ、すべてお終いではないか?

 時々の国民の関心の高い最重要テーマについて、首相から国民へ直接メッセージを伝えようと、メールマガジンは、小泉政権下、鳴り物入りで始まって、「ぶっ壊され」「開かれた」自民党のPRに一役も二役も買ってきた。なにしろ一度登録さえすれば、あの小泉さんの熱情あふるる「言葉」が毎週、ポンポンと自分のPCや携帯に送られてくるのだから、読んでいて面白いし、揚げ足も取れる。壊れた文章を読めば、お疲れなんだと、なんとなく気の毒にもなり、しっかりせいと言いたくもなり、「オペラだ、歌舞伎だ」とはしゃいでいるのを知れば、微笑ましくもあり、いい加減にしろと言いたくもなり、メールを受け取った人々は、それぞれよくも悪しくも「人間小泉」に接することができた。政策に対する賛成、反対を抜きにして、新聞記事やテレビではわからない生身の「首相の言葉」を知ることで、「政治」が身近になったと感じた者は少なくないだろう。

 安倍政権では、なんだかやたら気負った書生論ばかりだったが、それはそれで若い首相やその取り巻きの「危うさ、未熟さ」を仄聞することができた。メルマガを通じて国民に直接伝わった「鎧の下」の印象が、参院選に与えた影響も大きいのではないか。ところが、福田首相のメルマガは、なにやら「他人の言葉」を聴かされているかのようで、心に届かないこと甚だしい。そればかりか、今号のように「切れる」こと再三である。福田首相は、一体何のために「自分の言葉」を国民ひとりひとりに直接配信しているのだろう?自民党のためにも、日本のためにも役立っているとは、到底思えない。もちろんご自身のためにもなっていない。ちなみ親中派と目されている豪州・ラッド首相は、”While we respect China's sovereignty over Tibet, there are many, many problems when it comes to human rights abuses”と語っている。中国駐在経験の長い外交官だったラッド首相は、中国語を自在に操り、娘婿は中国人、息子は中国留学中である。「many, many」というくりかえしに、彼の苦悩が滲み出ている。チベット問題に対する豪州の対応を見守りたい。
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