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2008-02-27 10:40

赤松要の再評価に向けて

池尾愛子  早稲田大学教授
 赤松要(1896―1974)は、日本では雁行形態論で有名な経済学者である。海外では、赤松自身より雁行形態論のほうが有名なようで、国際関係論の分野でも東アジアの経済発展の説明に登場することがある。彼の専門研究の範囲は広く、資源経済学、広域経済論(含南方調査)・世界経済論、技術と技術進歩、綜合弁証法が含まれる。彼の研究と生き方は彼が生きた時代をよく反映したにもかかわらず、現在の国際経済や地域経済の問題を考察する際に押さえるべき要点と背景知識も提供してくれる。彼の人生が戦時期を含んで、複雑な事情が関係するからか、誤解や勘違いも見受けられる。それゆえ、拙著『赤松要』(評伝:日本の経済思想、日本経済評論社刊)が、彼の再評価につながればと考えている。その要点を簡単に紹介しよう。

 第1に、赤松の雁行形態論は実証研究(経験的研究)から生まれたオリジナル理論であり、途上国に対しては輸入代替戦略の有効性を伝える理論でもある。彼は、日本の羊毛業や綿業のデータを収集し、二次元の時系列グラフを駆使して、雁行形態論を生み出したのである。つまり、後進国の工業化を観察すると、まず(一次産品の輸出と)工業品の輸入があり、ついで工業品の生産がおこり、そして工業品の輸出に進出する3つの時系列カーブが雁行的であったとして、この名をつけたのである。最初の発表は1935年で、日本の羊毛工業の観察に基づいていた。それ以来、かつては途上国であったドイツ、アメリカ、(現在も)途上国である東南アジア諸国にもあてはまると、一般性を持つことが強調され、技術伝播を伴う雁行的発展により世界の産業が同質化(競合関係の発生)への途を歩むと主張されたのであった。

 第2に、この産業発展の同質化(および天然資源の偏在)を打ち破るための世界経済再異質化(協力・補完関係の構築)への方策の一つが、1940年頃には広域経済(regional economy)の形成であるとされた。広域ブロック経済を形成し、その経済圏内において自然に異質的分業関係を成立させ、全体の生産力を向上させれば、圏内の共存共栄が達せられるはずであった。赤松は、中核的国民経済が先進国として、絶えず高度異質化つまり技術革新による製品・サービスの高度化を実現することによって、雁の群れの先頭を切り続けることができると、雁たちを三次元空間に放ったのである。さらに、赤松の雁行形態論は進化を続け、比較生産費構造が時間を通じて変化すると説明されるようになり、相対的に技術移転が容易な産業(繊維工業)中心の経済発展理論として分析力を持ち続けたといえる。

 第3に、赤松は日本で最初の資源経済学者であった。赤松は、いわゆる秋丸機関の調査に協力して華北調査を行っただけではなく、南方の資源調査の陣頭指揮も執ったのであった。残念ながら、南方調査書類は敗戦直後に焼却されて残っていないが、調査団員たちに研究ノウハウと重要な知識と情報を幾ばくかの記憶として残したといえる。さらに南方で、赤松や板垣与一たちはスカルノなど重要人物たちとも交流し、戦後につながる貴重な人脈も築いたのであった。2007年12月24日と26日に本政策掲示板で少し紹介した世界経済研究協会編の「1985年の世界貿易」展望シリーズ全6巻(1972―75年)は、赤松経済学の集大成とみることができる。

 第4に、1930―40年代には、資源と技術の密接な関係について、日本でも哲学者、経営学者、経済学者たちが盛んに議論し考察を重ねており、赤松も高弟の小島清とともに議論に参加していたのである。それは、経済発展のためには技術移転だけでは不充分で、自らの創意・工夫による技術や経営知識の革新が極めて重要であることが認識されていく過程でもあった。こうした技術と経営の革新の問題は、現在再び、経営学者や開発経済学者たちによって熱い視線を浴びており、また省エネや環境対策の技術協力に臨む際にも留意されるべきポイントとなるはずである。技術移転を超えて技術革新に進めないときに、資源をめぐる経済ナショナリズムが湧き出てくる可能性があることも認識され始めていたのである。板垣与一が、この種のナショナリズムを後に「資源ナショナリズム」と呼んだのである。しかし、板垣自身、英語で論じたとき、英語の「resource」が日本語の「資源」より広い意味合いをもっていて、資源ナショナリズムを「resource nationalism」と訳してもうまく通じないことに気づいたようである。「資源ナショナリズム」は日本人の資源への想いを包み込む翻訳の難しい概念かもしれない。
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