国際問題 外交問題 国際政治|e-論壇「議論百出」
ホーム  新規投稿 
検索 
お問合わせ 
2026-01-08 22:05

(連載1)「グランド・バーゲン(Grand Bargain)」と「C5構想」と「気候危機」の位相

古屋 力 地球環境学者
 いまやリアリズムに基づいた「大国間取引」の時代「グランド・バーゲン(Grand Bargain)」の時代になりつつある。トランプ米大統領は、昨年2025年12月4日、米国の世界戦略をまとめた「国家安保戦略(National Security Strategy」(2025年版)を発表し「力の政治を軸とした戦略」を標榜。西半球を自らの「勢力圏(Sphere of Influence)」であるとし「米州主義」を宣言した。これからの多極型世界において、米国は世界覇権でなく南北米州を統括支配する1極となると宣言したのである。それは一種の「孤立主義」で「ドンロー主義(Donroe Doctrine)」 とも呼ばれている。

 先のベネズエラ攻撃とマドゥロ大統領拘束拉致収監事案の背景にはこの「ドンロー主義」がある。それは、時代がそして世界が帝国主義的な19世紀に戻りつつあることを意味している。米国がついにモダニズムに抗している前近代主義の中国・ロシアの仲間入りをした歴史的な瞬間でもある。米中露の何れも「ウェストファリア条約」が産み出した「国民国家」という概念を受け入れない19世紀型・帝国主義的文明の申し子として、自らの「勢力圏」を主張し「勢力圏」を囲い込んでゆく。トランプが、プーチン、習近平両氏に親近感を抱き、近代的国民国家の規範を重視してきた欧州を嫌悪する理由もここにある。

 そして、米中間の経済分野ではすでに「グランド・バーゲン」が顕在化している。米中両国は、すでに、今年2026年4月に予定しているトランプ訪中と同年後半の習の国賓としての訪米について合意しており、それを念頭に、米国は、従来の高額関税による攻撃的強制外交から、米中二国間の融和的な「グランド・バーゲン」へと政策を変え、中国に対し、対中経済圧力強化より、米中の合意形成に政策の基軸を移している。その理由は、相手の行動を変える手段に経済を使う強制外交は有効性が低く、中国のように競争力が高い相手国に関税戦争のような圧力を加えても効果は少ないことに気付いたからである。その結果、「対立」から限定的ながら「合意」の模索に変わらざるをえなかったのである。

 かような「ドンロー主義」と「勢力圏」を核とした「グランド・バーゲン」を明示的な形に発展・拡張させて具体化したのが「C5構想」である。この構想は非公式なもので実現可能性は低いと見られている。しかし、看過できない重要な時代の転換点の到来を示唆している。「C5」とは、米国、中国、ロシア、インド、日本という、人口1憶人以上で、軍事力、グローバルな影響力を兼ねそろえた「ハードパワー(Hard Power)」を実装した5大国の集まりである 。「少数の大国クラブ」として設計されており、定期的に会合を開き、世界の安全保障と戦略的課題について議論することを想定。既存のG7やG20が現在の世界情勢に適していないという認識に基づきこれらに代わるより実効的な主要国間の調整メカニズムのを目指している。この構想が意味するのは、主要地域の利害を代表するリーダーが、相互不可侵を前提に、イデオロギー対立よりも実利的な問題解決を目的として協議する場の創設である。

 しかし、「グランド・バーゲン」による「力による平和」の正当性と実現可能性には大いに疑問が残る。カナダのトロント大学のCaleb Pomeroy准教授の論文「大国であることは、大きな不安を伴う:なぜ強い国家ほど、弱い国家よりも恐怖を抱きやすいのか(With Great Power Comes Great Insecurity;Why Stronger States Are More Fearful Than Weaker Ones)」は、「力による平和」の正当性には根拠がないという研究結果を報告している。理由は、大国であることは、大きな不安を伴うので、互いに疑心暗鬼に陥りやすく、信頼構築は困難で、「力の政治」を前提とした大国間における恒久的平和構築は実現不可能であるからである。

 「力は安全を生む」という考えには、ジレンマが不可避的に伴う。ワシントンが強くなればなるほど、北京はより大きな脅威とみなすようになる。北京が強くなればなるほど、ワシントンはより脅威を感じるようになる。その結果、悪循環が生じる。両国は力を高めるほど不安を強め、さらなる軍備拡張に駆り立てられ、相互の不安と不信が一層増していくのである。そこに不可避的に露呈し、顕在化するのは、明らかな大国間の「力の政治のジレンマ」である。このような不毛なジレンマを避けるためには、米中両国含めすべての強国の指導者や政府関係者が抱く「力」がもたらす心理的影響を打ち消す工夫が必要となる。(つづく)
 
 
お名前は本名、またはそれに準ずる自然な呼称の筆名での記載をお願いします。
下記の例を参考にして、なるべく具体的に(固有名詞歓迎)お書き下さい。
(例)会社員、公務員、自営業、団体役員、会社役員、大学教授、高校教員、大学生、医師、主婦、農業、無職 等
メールアドレスは公開されません。
ただし、各投稿者の投稿履歴は投稿時のメールアドレスにより抽出されます。
投稿記事を修正・削除する場合、本人確認のため必要となります。半角10文字以内でご記入下さい。
e-論壇投稿の際の注意事項

1.投稿はいったん管理者の元へ送信され、その確認を経てから掲載されます。
なお、管理者の判断によっては、掲載するe-論壇を『議論百出』から他のe-論壇『百花斉放』または『百家争鳴』のいずれかに振り替えることがありますので、予めご了承ください。

2.投稿された文章は、編集上の都合により、その趣旨を変えない範囲内で、改行や加除修正などの一定の編集ないし修正を施すことがありますので、予めご了承ください。

3.なお、下記に該当する投稿は、掲載をお断りすることがありますので、予めご了承ください。

(1)公序良俗に反する内容の投稿
(2)名誉や社会的信用を毀損するなど、他人に不快感や精神的な損害を与える投稿
(3)他人の知的所有権を侵害する投稿
(4)宣伝や広告に関する投稿
(5)議論を裏付ける根拠がはっきりせず、あるいは論旨が不明である投稿
(6)実質的に同工異曲の投稿が繰り返し投稿される場合
(7)管理者が掲載を不適切と判断するその他の理由のある投稿


4.なお、いったん投稿され、掲載された原稿の撤回(全部削除) は、原則として認めません。
とくに、他人のレスポンス投稿が付いたものは、以後部分的であるか、全部的であるかを問わず、いかなる削除も、修正もいっさい認めません。ただし、部分的な修正については、それを必要とする事情に特別の理由があると編集部で認定される場合は、この限りでありません。

5.投稿者は、投稿された内容及びこれに含まれる知的財産権(著作権法第21条ないし第28条に規定される権利を含む)およびその他の権利(第三者に対して再許諾する権利を含む)につき、それらをe-論壇運営者に対し無償で譲渡することを承諾し、e-論壇運営者あるいはその指定する者に対して、著作者人格権を行使しないことを承諾するものとします。

6.投稿者は、投稿された内容をその後他所において発表する場合は、その内容の出所が当e-論壇であることを明記してください。

 注意事項に同意して、投稿する
記事一覧へ戻る
グローバル・フォーラム