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2023-06-01 16:14

グローバル・サウスと日本:新たな共走戦略に向けて

高畑 洋平 日本国際フォーラム上席研究員/GFJ世話人事務局長
 2022年2月24日に始まったロシアによるウクライナへの軍事侵攻は、未だ収束の目途が立たず、ウクライナ側も反転攻勢に乗り出すなど、戦況は予断を許さない状況となっている。ウクライナ情勢をめぐって国際社会の分断が深まる中、いわゆる「グローバル・サウス(Global South)」と呼ばれる国々への注目が高まっている。かつてこれら地域は「第三世界」と呼ばれ、他地域の新興独立国と同様に、経済開発によって国家を強化し、経済的・社会的に自立した国家像を目標に歩んできた。その一方で、これら地域はその特異な歴と地理的隔絶などから世界の主要市場から隔絶されるという「辺境性」ともいうべき制約を受けてきた。そのため、それらに起因する貿易収支の慢性的赤字とそれを埋めるための資金を外国からの援助などに大幅に依存してきた。また、その過程において、「グローバル化の負の浸透」ともいうべき現象は広範囲の分野にまで拡がり、人的搾取やローカル経済を破壊し、「国家主権の空洞化」の問題がしばしば指摘された。
 
 その後、これら地域の国々は、一方では欧米的価値観を受け入れつつ、他方で、非欧米的価値観さえも受け入れながら、各々の国が独自の「自立の道」を見出し、国際社会を生き抜いてきた。例えば、太平洋島嶼国であるフィジー共和国のカミセセ・マラ首相(当時)は、国連加盟時に「パシフィック・ウェイ」(太平洋流の物事のやり方)なる方針を表明したほか、中米のコスタリカでは、環境と観光をつなげる「エコツーリズム」なるコンセプトの世界初披露に成功するなど、もはや彼らはグローバル化の担い手としての立場を確立しつつある。
 
 こうした新たな現実は、そこにもはや、豊かな「北」と貧しい「南」という単純な二項関係は存在しない。むしろ「北」と「南」の相互関係の重要性の回帰とグローバル・サウス含めた、新しい多国間関係の再考を迫られているのではないか。ただし、中国やロシアからインフラ整備支援や経済支援などの恩恵を享受する国々の中には、権威主義体制を敷くがゆえに、中国やロシアの提案が自国の国家運営において「都合がよい」と考えている国や、自国の政治的安定や経済発展との引き換えに、彼らとの関係をやむを得ず維持している国も少なくない。いわば、こうした「浮動層」国家群に対し、日本や米国をはじめとする国々が、自由、民主主義、人権、法の支配といった普遍的価値の重要性を訴えつつ、経済・貿易・金融・技術・グリーン政策などに関して、魅力的なオプションを示せれば、リベラルでルール基盤の国際秩序を再び盛り返すことができるのではないか。
 
 他方、これと並行して、世界のエネルギー安全保障等においても、再考すべき局面を迎えている。とりわけ、今日における安全保障の対象範囲が、経済・貿易・技術分野にまで急拡大していくなかで、従来の、他国を顧みない「自国第一主義」や共通利益の実現を図る「多国間主義」という二つの潮流に加えて、グローバル・サウスといった、第三の立場ないし特定の国家の意向に影響を受けやすい立場による、「三潮流のせめぎ合い」が激化しているともいえよう。およそこのままの状況が続く限り、国際政治・経済の構造変化は加速し、国際関係史における歴史的な一大転換点となる可能性すら出てきている。その意味では、日本を取り巻く国際戦略環境は、かつてないほどに政治と経済と安全保障が直結し各国に影響を及ぼす、複雑な国家間競争の時代に突入している。
 
 昨今の国政政治における「複雑性」の特徴を踏まえるならば、日本としては、世界各国や各地域の独自性や固有の論理などを正確に把握した上で、外交を展開しなければ、およそ実態とかけ離れた世界像しか浮かび上がってこない。そのためには、今こそ、日本として、「今、世界から日本はどう見えているのか」という視座を再認識するとともに、「価値共有」が可能な国と障壁がある国を正確に見極めつつ、グローバル・サウスなどを含めた、「包括的な価値圏」形成における「ゲームチェンジャー」になるべきではないか。
 
 こうした中、すでに日本は、その同盟国・友好国との関係において、「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)、「日米豪印首脳会合」(QUAD)、「地域的な包括的経済連携協定」(RCEP)、「環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定」(CPTTP)、「環太平洋パートナーシップ」(TPP)、「インド太平洋経済枠組み」(IPEF)など、多元的・複層的な枠組みが幾重にも交わって展開されている。それら自体は評価できる一方で、今後、これら複雑に絡み合った枠組みにグローバル・サウスや経済安全保障などという新たな枠組みや概念も追加されていくなかで、一つ一つの枠組みのみならず、同時に総合的な日本の声を戦略的かつ機動的に内外に示さなければならない。世界の政治・経済・技術などの枠組みやパワーバランスが大きく変化するとともに、「マルチステークホルダー時代」とも称される今日、その「調整役」を担うのは日本であろう。日本は、ロシア・中国と陸続きのユーラシア諸国に対して、米中ロとの関係を悪化させない調整力を発揮し、外交実績を積み上げている。まさに国家間競争の「架け橋」としての能力を十分有している。そして、日本が自らのこうした能力を一層磨くことで、自国のブランド力を高めるとともに、日本からの普遍的価値の共有の声を世界に響かせることで、国際社会に「競争を乗り越えた共走の未来」が訪れるのではないか。
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