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2020-03-03 06:01

COVID-19に関する中国軍の対応等

松本 修 国際問題評論家(元防衛省情報本部分析官)
1 はじめに
 3月2日午後、中国の習近平中国共産党総書記・中央軍事委員会主席(兼国家主席)は、北京市内の軍事医学研究院、清華大学医学院の視察を行った。習総書記の北京市視察は2月10日以来2回目であり、軍事医療施設への視察は初めてのことであった。そして、同視察には丁薛祥党中央弁公主任、蔡奇北京市党委員会書記及び劉鶴副総理といった「習近平一派」とともに中央軍事委員会の許其亮(空軍)張又侠(陸軍)両副主席が随行したが、軍要人の動向が確認されたのは1月の旧正月祝賀式典以来のことであった。こうした軍上層部の動向に伴い、国防部の定例記者会見や軍の防疫活動に関する特別記者会見も行われるようになったので、以下紹介したい。

2 習近平中央軍事委員会主席の視察における発言
 今回の北京市視察で軍事医学研究院の状況報告を聴取した習主席は「治癒率を向上させ、死亡率を低下させて最終的に防疫活動に勝利するためのカギは科学技術にある」とし、同研究院に対し「突撃隊、主力軍としての役割を充分に発揮して安全かつ有効なワクチン、薬物、検査試薬を早急に開発し、防疫の需要を全面的に満足させるよう希望する」と激励した。引き続き清華大学医学院を視察した習主席は「防疫闘争には2本の戦線、すなわち防疫という戦線と科学研究・物資生産という戦線があり、これら戦線を相互に調整して共同作戦にしなければならない」と強調した。これら発言の内容、及び今回の視察活動に国務院(政府)科学技術部関係者が初めて随行したことことから考えてワクチンや治療薬、検査試薬の開発などに科学者、エンジニアの一層の貢献を誘導、激励したと思われる。

3 中国軍の記者会見内容の注目点
 2月28日、中国国防部は月例記者会見を行った。記者会見は昨年12月末以来2か月ぶりの開催であり、この間に中国内外で発症した新型肺炎「COVID-19」に関する中国軍の対応が焦点となった。呉謙スポークスマン(国防部新聞局長、上級大佐)は「発症以来、全軍部隊は習主席の決定指示と中央軍事委員会の要求を断固貫徹し、防疫活動と同時に訓練演習もしっかり行い、軍事訓練への影響は最大限に減少させた」と述べた。他方、呉スポークスマンは「防疫活動の必要性から年間の訓練任務を調整し、一部の大規模演習・訓練は延期した」とし、「発症のレベルによって部隊の訓練に差異を設け、感染が重大な地域では大規模訓練を厳に抑制し、軽微な地域でも基地内や周辺の封鎖された訓練場で基礎訓練を行うようにした」と主張し、疾病の軍への浸透・影響を阻止する姿勢が明らかとなった。
 そして3月2日午前、習近平の北京市視察直前、呉謙国防部スポークスマンが同席した軍の防疫活動に関する特別記者会見が初めて行われた。出席者は中央軍事委員会後勤保障部の陳景元衛生局長(少将、医者)以下計画部門、運輸部門を主管する軍人だった。陳局長らは「疾病状況は命令であり防疫活動は責任である」、「全軍部隊は習近平中央軍事委員会主席の重要指示を貫徹して防疫活動に従事した」と述べるなど軍の貢献・成果を内外に訴えるものであり目新しい内容はなかった。しかし、唯一英国ロイター通信の「軍営は多くの人間が集まる場所であるが何故、軍に発症例が無いのか、軍は何か特別な防止措置を採っているのか」という質問に対して陳局長は「部隊自体の防疫を強化しているし、外出や交流も管理し、集会を減らすなどしている」とし「訓練活動も調整して集団活動を減らしている」と対応措置に回答するだけで、軍内の発症例については「沈黙」答えなかったことが注目される。

4 湖北省軍区の動向等
 先月の一連の拙稿で触れたが、防疫活動「最前線」の湖北省への医療関係者4,000人派遣に関する報道を除き、中国軍の動向はほとんど表面に現れてこない。しかし、現場の湖北省軍区の活動が漸く出て来た。活動の責任者は湖北省党委員会の常務委員を兼ねる馬濤省軍区司令員(少将)である。主な任務は上級機関の中部戦区(旧広州軍区等)との連絡・調整であり、2月中旬には空挺部隊の輸送ヘリ2機の派遣を要請して防疫物資の空輸、省内への運搬を行った。特に軍が運営を主管する火神山医院への対応が重点である。この他にも省内の民兵等を指揮して幹線道路の封鎖・管理や物資輸送、消毒、衛生宣伝を行っている。また、退役軍人の湖北省派遣も行われている。これは2018年、国務院に応急管理部とともに新設された「退役軍人事務部」系統の調整で計画され、山西省、江西省、浙江省の3省にある「栄軍医院」(退役軍人専門病院)から選抜・創設された医療隊40人(医者13人、看護師27人)による現場派遣である。

5 おわりに
 2月27日の福島香織氏の公開ブログによると、香港紙の報道等では1月末、湖北省孝感市(武漢から70キロ離れた小都市)に駐屯する空挺部隊で幹部に感染が確認され、すぐに同部隊の200人が隔離されたという。この報道が事実であるとすると、中国軍内の発症動向は深刻であると言わざるをえない。3月2日の記者会見で軍内の発症事例に口をつぐんだ後勤保障部の陳景元衛生局長の態度とも符合する面もあり、今後の要人発言や部隊の動き等が注目される。
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