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2007-05-23 19:39

アジア開発銀行とアジア債券市場

池尾 愛子  早稲田大学教授
 アジア開発銀行(ADB)の第40回年次大会が5月上旬に京都で開催された。ADBは、国連ESCAP(アジア太平洋経済社会委員会)が現名称になる前の旧称ECAFE(エカフェ、アジア極東経済委員会)の時代に発案され、1963年の第1回アジア経済協力閣僚会議においてその設立が決議され、1966年に正式に発足したのであった。その目的は「アジア・太平洋地域における経済成長及び経済協力を助長し、途上国の経済開発に貢献すること」で、本部はマニラにある。世界銀行の本部が資金調達のため投資家に配慮して「金持ち国」の首都ワシントンDCにあることなどを鑑みれば、開発を目的とした公的銀行の本部が途上国におかれることは珍しい。また、国際機関の発案がきっかけとなって、関係各国政府が動いて地域の公的機関の設立に至ったケースもあまりないように思われる。ADBには、67の国および地域が加盟しており、日本など域内加盟国が48か国、域外加盟国(北米、ヨーロッパ)が19か国となっている(ADBホームページ http://www.adb.org/)。

 ADB年次大会の際には、先行・並行して、機関投資家によるセミナーや経済専門家やコンサルタント向けセミナー・セッションが開催されることが通例となっているようである。京都大会において、事情により、そうしたセミナー・セッションの一部に出席する機会をえた。セミナー・セッションの合間をぬって最も活発に(名刺交換などのために)動き回っていたのは、来年2008年の年次大会がマドリッドで開催される予定になっていることを背景にスペインから派遣されてきた専門職たち(当局者をふくむ金融関係者)と、10年前にアジア金融危機の端緒となった(政策失敗をおかした)タイ国の専門職たちであるように見えた。

 三菱UFJフィナンシャル・グループと財団法人国際通貨研究所のスポンサーによるセッション「アジアとの共生:地域金融市場の秩序ある発展と日本およびアジア各国の役割」では、タイ国財務大臣のチャロンポプ・スサンカーン氏の講演がとくに興味をひいていた。1997年の金融危機までの政策――固定相場制と国内金利(高め)固定政策という組合せ――が誤っていたことをはっきりと認め、当時はマクロ経済統計といえば国内総生産(GDP)の年次データしかなく、国内経済の透明性を欠いていたので、経済統計データを増やして透明性を保つ努力を続けていることなどを説明した。そしてスサンカーン氏は、特定通貨への為替レート釘付け政策の危険性を指摘し、民間部門の活動に逆らうような規制には消極的な姿勢を示した。そして政策当局は市場がどのように作用するのかを知るべきであり、ヘッジファンドと対話をすることも有意味ではないかと示唆したのであった(彼はもちろん特定の国の現在の政策を念頭において、この内容の講演をおこなったのである)。

 セミナー・セッションのいくつかで、東アジア債券市場の育成やセキュリタイゼーション(「証券化・債券化」)が話題になっており、経済危機を防ぐためだけではなく、投資家にとって魅力的な市場にするために、経済統計データを作成して透明性を高めることが不可欠であるという共通認識が存在していた。そして、『ハイリスク』であってもそこそこの利益が上がると予想されれば、一般投資家をひきつける商品を提供できるだけの金融技術が発達してきていることも感じられた。もちろんその背景には、情報通信技術やファイナンス理論の発達があるといえる。また、ADBが共通通貨(単位)の創設に向けても積極的に努力したいという姿勢も伝わってきた。しかし、東アジアでの債券取引量はまだまだ少なく、金融ストック量の増加は経済成長と歩調を合わせるものだという認識も共通するようであり、共通の通貨や通貨単位の創設のためにはそれを支える地域経済の成熟が求められることも確かなようである。そして、金融ストック量が少ないところでは、ファイナンス理論を簡単には適用することはできず、ヘッジファンドのような大口資金の移動は市場に大きすぎる影響を与えるのである。それゆえ実際のところは、機関投資家たちによる相対取引や三角取引の連鎖を通じてリスク管理がなされているように見える。

 京都でのADB関連のセミナーに出席しての感想になるが、アジアの金融市場で透明性が高められ、マクロ経済政策に対する知識が共通化し、地域の各国政府が金融政策協力のための枠組みを育てていけば、確かにヘッジファンドなどに対する事前の規制は必要がないかもしれない。仮にヘッジファンドを規制することを考えてみても、それは容易なことではなく、逆に副作用を伴って健全な市場の発達を妨げることになるかもしれない。そして全くの私見であるが、ヘッジファンドが新興市場に金融危機を招きかねない行動をとりそうであれば地域当局者たちが協力して説得に乗り出し、あるいはとったのであれば地域当局者たちが事後的に厳しい措置を強引にとってもかまわないようにも思われるのである。それほどまで、途上地域の金融市場には、政府、民間、公的部門が混然と存在しているのである。
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