国際問題 外交問題 国際政治|e-論壇「議論百出」
ホーム  新規投稿 
検索 
お問合わせ 
2018-07-04 11:20

貿易戦争の評価は時期尚早では

倉西 雅子  政治学者
 米中貿易戦争は収束の兆しを見せず、6月22日には、EUもアメリカに対して報復関税を発動することとなりました。貿易戦争の‘戦線’はむしろ拡大傾向を見せており、戦後の国際経済体制の基幹とされてきた自由貿易主義体制は岐路に立たされております。相互に高率の関税を課す貿易戦争に対して、マスメディアも経済学者の大半も否定的な見解を示しており、恰も今後の国際経済は暗黒の時代を迎えるかのような印象を与えています。全世界における貿易の縮小は、各国のGDPを連鎖的に減らし、自由貿易主義、否、グローバリズムが担ってきた資源の効率的配分や、世界大の経営の最適ポートフォリオから遠ざかると共に、経済の深刻な停滞をもたらすとも予測しているのです。しかしながら、この予測は、マイナス面ばかりを切り取って強調した悲観論のようにも思えます。何故ならば、関税率引き上げに伴う短期、並びに、長期的な代替効果を無視しているからです。

 輸入品に対する関税率が引き上げられますと、通常、これまで輸入品を使用してきた国内生産者の大半は、品質面等において輸入品に匹敵する製品が国内で生産されていない限り、関税で割高となった輸入品から国産品に切り替えます(もっとも、国内産ではなく、他の国からの輸入に切り替える場合もあり、この場合には、新たに輸出国となった国が恩恵を受ける…)。この際、国内生産者と消費者はコスト高と価格上昇という負の影響を受けますので、上述した悲観論にも一理があります。しかしながら、その一方で、輸入品からの切り替えによって国産品の生産量は増加しますので、同事業分野での国内の雇用は拡大し、国民所得の上昇による新たな消費も生まれます。こうした代替効果は、関税率引き上げの影響を受ける製品分野が広ければ広い程高く、価格上昇による消費の減退を差し引いたとしても、波及効果によりGDPを押し上げる効果が期待されるのです。

 昨今のアメリカ経済を見れば、貿易不均衡の是正のために‘バイ・アメリカン運動’を展開しようとしても、あらゆる消費財が輸入品で占められているため、もはや‘無理’との指摘もあります。それほどまでにアメリカ経済は輸入品、特に、中国からの輸入品に依存してきたわけですが、この高依存性ゆえにこそ、関税率引き上げによる国内製品への代替は、アメリカ経済に対して、マイナス影響を上回るプラスの効果をもたらすかもしれません。実際に、自国産業の保護を基本方針としたトランプ政権誕生以降、雇用統計等を見ましてもアメリカ経済は改善傾向にあります。加えて、同国は石油や天然ガス等を産出する資源大国でもあり、また、近年のAIやロボット技術の急速な発展は、コスト面における輸入品の有利性を削ぐ傾向にもあります。今や、安価な労働力を武器にした低価格の輸入品に頼る必要性が低下しており、むしろ、輸送コストを考慮すれば、国内生産の方が低コストを実現できる時代の入り口に立っているのです。

 しかも、長期的に見れば、国内生産者間における低コスト、かつ、効率的な生産を目指した製造技術の開発競争が起こり、イノベーションのチャンスが増す可能性もあります。マスメディアでは、多様性がぶつかることで思わぬアイディアが生まれるグローバリズムこそイノベーションの舞台と見なしていますが、イノベーションに時間や場所といった特定の条件があるとは思えません。多様性の掛け声とは裏腹に画一化に帰結してしまう今日のグローバリズムの下では、むしろ、‘規模の経済の勝利’が運命づけられた既定路線を歩むか、あるいは、陳腐なアイディアしか生まれないかもしれないのです。目先の貿易戦争にばかり注目しますと、‘この世の終わり’のような論評が多いのですが、短期的、並びに、長期的な代替効果を考慮しますと、この評価は時期尚早のように思えます。一党独裁体制を堅持する軍事大国の中国が自由貿易主義の勝者となる道を歩んでいる今日、自由貿易主義、並びに、行き過ぎたグローバリズムに対しては、理論面からの反論があってもよいのではないかと思うのです。
お名前は本名、またはそれに準ずる自然な呼称の筆名での記載をお願いします。
下記の例を参考にして、なるべく具体的に(固有名詞歓迎)お書き下さい。
(例)会社員、公務員、自営業、団体役員、会社役員、大学教授、高校教員、大学生、医師、主婦、農業、無職 等
メールアドレスは公開されません。
ただし、各投稿者の投稿履歴は投稿時のメールアドレスにより抽出されます。
投稿記事を修正・削除する場合、本人確認のため必要となります。半角10文字以内でご記入下さい。
e-論壇投稿の際の注意事項

1.投稿はいったん管理者の元へ送信され、その確認を経てから掲載されます。
なお、管理者の判断によっては、掲載するe-論壇を『議論百出』から他のe-論壇『百花斉放』または『百家争鳴』のいずれかに振り替えることがありますので、予めご了承ください。

2.投稿された文章は、編集上の都合により、その趣旨を変えない範囲内で、改行や加除修正などの一定の編集ないし修正を施すことがありますので、予めご了承ください。

3.なお、下記に該当する投稿は、掲載をお断りすることがありますので、予めご了承ください。

(1)公序良俗に反する内容の投稿
(2)名誉や社会的信用を毀損するなど、他人に不快感や精神的な損害を与える投稿
(3)他人の知的所有権を侵害する投稿
(4)宣伝や広告に関する投稿
(5)議論を裏付ける根拠がはっきりせず、あるいは論旨が不明である投稿
(6)実質的に同工異曲の投稿が繰り返し投稿される場合
(7)管理者が掲載を不適切と判断するその他の理由のある投稿


4.なお、いったん投稿され、掲載された原稿の撤回(全部削除) は、原則として認めません。
とくに、他人のレスポンス投稿が付いたものは、以後部分的であるか、全部的であるかを問わず、いかなる削除も、修正もいっさい認めません。ただし、部分的な修正については、それを必要とする事情に特別の理由があると編集部で認定される場合は、この限りでありません。

5.投稿者は、投稿された内容及びこれに含まれる知的財産権(著作権法第21条ないし第28条に規定される権利を含む)およびその他の権利(第三者に対して再許諾する権利を含む)につき、それらをe-論壇運営者に対し無償で譲渡することを承諾し、e-論壇運営者あるいはその指定する者に対して、著作者人格権を行使しないことを承諾するものとします。

6.投稿者は、投稿された内容をその後他所において発表する場合は、その内容の出所が当e-論壇であることを明記してください。

 注意事項に同意して、投稿する
記事一覧へ戻る
グローバル・フォーラム