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2018-03-08 17:55

(連載1)「楽園」モルディブの騒乱

六辻 彰二  横浜市立大学講師
 インド洋に浮かぶモルディブは世界有数のリゾート地として知られ、日本からも年間約4万人が観光で訪れます。この国で2月5日、政府が非常事態を宣言。最高裁長官などが逮捕・拘束され、野党支持者やメディアへの弾圧が激しさを増しています。この騒乱の背景としては既に「中国よりの政府とインドよりの野党の対立」という構図が紹介されています。しかし、総面積が東京23区の約半分(298平方キロメートル)で人口わずか40万人に過ぎないこの小国が直面する状況は、より複雑なものです。モルディブは中国、インド、サウジの三大国が勢力を争う「三国時代」のさなかにあるのです。まずモルディブそのものに目を向けると、今回の騒乱は基本的には「民主化の産みの苦しみ」の一端といえます。非常事態を宣言し、強権化するアブドッラ・ヤーミン大統領は、かつて政府を批判する勢力の頭目として台頭した経歴の持ち主です。モルディブでは1978年から2008年まで30年間に渡って、マウムーン・ガユーム大統領(当時)が権力を維持。しかし、独裁への批判を受け、2008年の大統領選挙では野党候補のモハメド・ナシード氏がガユーム氏を破り、初めて民主的に選ばれた大統領が誕生したのです。

 ところが、大統領選挙で勝利したものの、ナシード氏率いる民主党(MDP)は議会で少数派にとどまりました。その結果、野党が多数を占める議会と大統領の対立が深刻化。2010年12月には、議会の承認を経ないままナシード大統領が大臣を任命したことに最高裁が違憲判決を下し、これをきっかけに抗議デモが各地に広がりました。このなかで台頭したのが、ガユーム元大統領率いる進歩党(PPM)に加わったヤーミン氏でした。ヤーミン氏はガユーム元大統領の異母兄弟で、ガユーム政権でも国営企業の要職などを歴任。政府による司法への介入に批判が広がり、警察や軍隊までがこれに呼応するなか、2012年2月にナシード氏が大統領を辞任すると、ヤーミン氏は2013年11月の大統領選挙にPPM代表として立候補して当選したのです。ところが、そのヤーミン氏が非常事態を宣言したきっかけも、ナシード政権と同様の司法介入にありました。就任後、ヤーミン政権は野党関係者などの取り締まりを強化。ナシード氏は英国に亡命せざるを得なくなったのです。この背景のもと、最高裁は2月1日、獄中の野党政治家9人の釈放と、与党離党後に罷免された議員12人の復職を命令。これが実現すると、議会で与野党が逆転し、ナシード政権期のように「ねじれ」が発生するだけでなく、国外で政府批判を展開してきたナシード氏の帰国にも道筋がつきかねません。

 そのため、ヤーミン大統領は5日、最高裁に命令の撤回を要求。その後、15日間の非常事態が宣言され、最高裁判事らが逮捕された他、ガユーム元大統領も自宅で拘束されるなど、混乱が広がったのです。こうしてみたとき、モルディブの騒乱は、制度的な民主化が多様な政治活動を生み、これを封じるためにかえって政府が強権化した結果、生み出されたものといえます。革命後のフランスにナポレオンが登場したように、民主化が力による支配を生む現象は、しばしばみられるものです。ただし、モルディブの場合、外国の影響が対立をより深刻化させてきました。もともとモルディブは、英国の植民地時代、スリランカの総督府が間接的に支配していました。そのため、1965年の独立後もインドやスリランカと深い関係を維持。30年にわたる支配を築いたガユーム元大統領は、インドとの協力に基づき、その座を保ちました。しかし、中国がインド洋への進出を強めるなか、その「一帯一路」構想のルート上に位置するモルディブは、中国にとって海上交通の要衝として重要度を増していったのです。

 その結果、ヤーミン政権との友好関係に基づき、中国は2014年9月に合意された、2億ドルを投じた「中国・モルディブ友好橋」の建設をはじめとするインフラ協力を加速。これと並行して、自由貿易協定(FTA)の締結による貿易・投資も活発化してきました。さらに、2013年の段階で、年間120万人にのぼる観光客のうち中国人は33万人にのぼりました。ただし、中国の急速な進出が膨大な資金流入をもたらし、結果的にその国の政府要人の汚職を加速させがちなことは、多くの国でみられることです。モルディブでもヤーミン政権にはもともと汚職の噂が絶えませんでしたが、中国の進出はその汚職体質を強化したとみられます。モルディブ・インデペンデント紙によると、中国とモルディブの両政府の協議で決定された、「中国・モルディブ友好橋」を含む橋脚建設に関わる中国企業のなかには、フィリピンの道路改修工事などで詐欺行為を働いたとして世界銀行のブラックリストに掲載されているCCCC Second Harbor Engineering社も含まれています。報道を受け、ヤーミン政権は企業選定が「透明で公正なもの」と強調しましたが、これは中国だけでなく政府に対する反感をも招き、それが結果的に政府をさらに強権化させる一因になったといえるでしょう。(つづく)
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