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2018-01-17 09:30

(連載2)「貧困をなくすために」宇宙進出を加速させるアフリカ

六辻 彰二  横浜市立大学講師
 とはいえ、人工衛星の用途は経済活動だけにとどまりません。例えば、アフリカでは医師の不足が深刻であるため、通信を用いた遠隔地医療の可能性は医療に携わるNGOの間で数年前から提案されています。アンゴラ政府はアンゴサット1に通信環境の整備だけでなく、遠隔地医療の普及の効果もあると強調しています。人工衛星による地表の情報収集が効果は、これ以外にも難民支援、食糧生産、災害対策などにおいても期待されています。民生用だけでなく、ナイジェリアは人工衛星Sat-Xなどをイスラーム過激派ボコ・ハラムの対策に用いており、2014年には誘拐された273名の人質を宇宙から確認し、その救出につなげています。こうしてみたとき、人工衛星は確かに安いものではありませんが、そのコストに見合う成果を得られるのであれば、よりよい生活環境を作るための「投資」といえます。この観点は、「技術で社会を変える」という考え方に基づくといえるでしょう。ところが、アフリカ諸国の宇宙進出における最大の課題は、そのパフォーマンスにあります。そして、アフリカの人工衛星のコストパフォーマンスを引き下げることが最も懸念される要因としては、科学技術よりむしろ社会や政治のあり様があげられます。

 例えば食糧生産の場合、2017年10月のアフリカ各国の財務大臣が集まる会合に提出された報告書では、市場経済のメカニズムに適応しやすいように小規模農家を商業化する必要が強調されており、そのための必要条件として人工衛星やドローンを含む最先端技術の導入だけでなく、家庭や共同体における女性の役割強化や、土地制度の改革などもあげられています。言い換えると、人工衛星による地表データの収集は食糧増産に寄与するとしても、それ以外の条件が整わなければ、効果は限定的とみられるのです。ところが、これらの地道な社会改革は、派手な宇宙進出と比べて遅れがちです。同様のことは、他の領域に関してもいえます。例えば、先述のようにナイジェリア政府は人工衛星をテロ対策の切り札と位置付けています。ところが、その一方で、2014年12月には「武器・弾薬の不足」を理由にボコ・ハラム掃討作戦への参加を拒絶した54名の兵士に軍事法廷が死刑判決を下しています。つまり、ナイジェリア政府はハイテクの人工衛星を打ち上げるために1基あたり約1300万ドルを投じている一方、ローテクのより基礎的な部分への予算配分は制限してきたのです。このアンバランスな対応がテロ掃討作戦の成果を遠のかせる一因になっていることは疑い得ません。

 1960年前後に独立した多くのアフリカ諸国では、冷戦の背景のもと、東西両陣営からの援助による巨大ダムやテレビ局の建設などを通じて、当時の最先端の科学技術を海外から導入しました。独立したてのアフリカ諸国は、「一人前の国になった」シンボルとして、科学技術の導入を進めたといえます。しかし、メンテナンスを行う人材の不足などから、結果的に無駄になることも珍しくありませんでした。全ての国がそうとはいえませんが、2000年代の資源ブームで急速に成長したアフリカ諸国のなかには、高揚感に満ちた独立期と同様、「科学技術の導入」そのものが目的になっている国があったとしても不思議ではありません。また、冷戦期の米ソと同様、宇宙進出が国威発揚の手段になっていることも否定できません。少なくとも、適切なガバナンスを欠いたままでの人工衛星の導入に高いパフォーマンスを期待することはできません。それにもかかわらず、アフリカでの宇宙進出を加速させている一因には、海外からのアプローチもあります。現在、宇宙開発は巨額の資金の動くビジネスであり、西側諸国だけでなくロシアや中国、さらに日本もこぞってアフリカ各国の人工衛星打ち上げに協力的です。

 宇宙進出の技術をもつ国にとっては、アフリカが有望な市場であると同時に、「技術で社会の問題を解決する」というアイデアを実行するのに格好の土地と映るかもしれません。さらに、宇宙進出に関する協力は、アフリカを取り巻く大国同士の進出競争の一環となっているともいえます。しかし、現地からの要請に沿ったものであったとしても、社会や政治のあり様と無関係に科学技術の成果を投入してきたことが、結果的にアフリカの「コストパフォーマンスの悪い宇宙進出プロジェクト」を加速させていることもまた確かです。だとすると、技術開発をする側にいかに高邁な理想があろうとも、それを上手に運用できる環境がなければ、科学技術は宝の持ち腐れとなり、アフリカの人工衛星は「盛大な打ち上げ花火」で終わります。言い換えると、「技術が社会を変える」のと同じくらい「社会が技術を制約する」といえます。その意味では、宇宙進出レースが過熱するアフリカは、「イノベーション信仰」が広がる世界において、「技術で社会を変える」モデルケースであると同時に「技術革新の成果が反映されやすい社会のあり方」を再考するモデルケースでもあるといえるでしょう。(おわり)
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