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2017-12-05 18:48

(連載1)フランシスコ法王のミャンマー訪問がロヒンギャ問題にもつ意味

六辻 彰二  横浜市立大学講師
 11月28日、ローマ・カトリック教会のフランシスコ法王がミャンマーを訪問。フランシスコ法皇のミャンマー訪問は初めてです。滞在中、法王はミサを行った(ミャンマーには人口の約1.3パーセント、約70万人のカトリック信者がいる)他、アウン・サン・スー・チー氏やミャンマー軍のミン・フライン司令官と会談。主にロヒンギャ問題について話し合ったと伝えられています。さらに、ミャンマー仏教界にも「偏見」と戦うことを呼びかけました。フランシスコ法王はこれまで、世界各地のさまざまな問題について発言してきました。しかし、今回の訪問ではロヒンギャを民族として認めないミャンマー政府に配慮して「ロヒンギャ」の語を用いなかったため、欧米諸国では批判や失望の声があがっています。「ロヒンギャ」の語を用いなかった背景には、ミャンマー政府を追い詰めることでかえって状況が悪化することを懸念する、ミャンマーのカトリック教会の責任者チャールズ・ボー枢機卿からの要請があったといわれます。とはいえ、今回の訪問が全く無意味ともいえません。人道危機や政治的な対立の解決に期待される宗教指導者の役割は、即効性より関係性にあるからです。

 今日の先進国で一般的な「政教分離」の原則は、ヨーロッパで生まれました。これはローマ・カトリック教会と世俗の皇帝や国王の間の勢力争いの結果で、聖と俗を明確に分けることでお互いの縄張りを守ることが可能になったといえます。そのため、近代以降のカトリック教会は公式には政治に介入しない姿勢を保ってきたのです。この転機は第二バチカン公会議(1962-65年)だったといわれます。初めて全ての大陸からカトリック教会の責任者が集まったこの会議で、バチカンは政治に介入しない姿勢を転換したのです。カトリック教会が政治問題に口を閉ざすことは「政教分離」の原則に適ったものである一方、「現状を追認」することにもなります。実際、それまでラテンアメリカなどカトリック信者の多い土地で独裁や紛争があっても、「政治に介入しない」ことを前提にバチカンが発言することはほとんどありませんでした。第二バチカン公会議でカトリック教会はこの姿勢を改め、独裁に対する改革を支持する勢力となったのです。これはラテンアメリカ諸国、スペインやポルトガル、韓国、フィリピンなど、カトリック信者の多い国で、1970年代半ばから1980年代後半にかけて軍事政権やファシスト体制が相次いで崩壊する一因となりました。さらに、1978年に法王に即位したヨハネ・パウロ2世は、当時共産主義体制のもとにあった母国ポーランドの民主化運動を支援。その精神的支援を受けたポーランドは、冷戦末期の東ヨーロッパで相次いだ民主化の先駆けとなったのです。

 現在のローマ法王、フランシスコ法王はローマ・カトリック教会の教義に反しかねない同性愛に一定の理解を示すなど、これまでの法王と比べても政治や社会に積極的に発言、活動してきました。世界各地の民族・宗派間の対立に関しても取り組んできており、例えば2015年には1983年から2009年まで内戦が続いたスリランカを訪問。内戦終結後も続いていた仏教徒中心のシンハラ人とヒンドゥー教徒の多いタミル人の間の不信感を払しょくするため、内戦中の出来事に関して告白して赦し合うことを呼びかけました。また、キリスト教徒とムスリムの衝突が続く中央アフリカを2015年に訪問した際には、安全上の大きな問題を抱えながらもモスクで現地のイスラーム指導者とともに和平と融和を呼びかけました。もちろん、これらが問題の直接的な解決につながるとは限りません。実際、例えば中央アフリカでは、その後も民族・宗派間の衝突は絶えません。

 しかし、その活動は悲惨な状況に対する世界の関心を集める効果があります。ピュー・リサーチ・センターの調査によると、2010年段階でキリスト教徒は世界に約22億人。世界全体の約31.5パーセントを占めます。このうちローマ・カトリックは約50パーセントを占めるとみられます。つまり、ローマ・カトリック教会は世界で最も信者の多い宗派の一つなのです。そのため、その最高責任者であるローマ法王の動向は世界的に注目されやすいものです。他の宗教の指導者が総じて海外の政治、社会問題に発言・活動しないことは、ローマ法王の動向がもつインパクトを相対的に大きくしているといえます。ローマ法王以外の宗教指導者の多くが政治問題に口を出さないことは、大きく二つの理由が考えられます。(つづく)
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