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2017-08-31 17:59

(連載2)北朝鮮問題の新たな分析枠組とは

倉西 雅子  政治学者
 ましてや、国際社会は、国内ほどには警察制度は整っておらず、交渉を経るものであれ(交渉での核・ミサイル放棄は殆ど不可能…)、既成事実化に成功すれば、事実上、北朝鮮は勝利の美酒に酔うことができます。もっとも、その結果として、他の諸国も核保有に踏み切るようになれば、北朝鮮は軍事上の優位性を失いますが、NPT体制も北朝鮮の道連れとなりましょう(北朝鮮にはウラン鉱もあるので、NPT体制の崩壊を核、並びに、ICBMを各国に輸出するためのビジネスチャンスにする可能性もある…)。経済的には最貧国に属する僅か一国の忌々しき行為が、制度そのものを崩壊させかねないのです(“小よく大を制す”?)。

 しかも北朝鮮は、国際社会における紛争の平和解決の原則、特に、話し合い解決の精神をも悪用しています。マスメディアや識者の多くは、平和の尊さを盾に戦争の回避を訴え、対北交渉の窓口を用意すべきと合唱してくれますし、あるいは、“交渉近し”の希望的観測を流布しています。国内レベルでは、違法な武器を携帯して他者を脅迫する犯罪者のリスクに対しては、警察が力を以って排除しますが、国際社会では、“平和”の一言は魔法であり、武力行使を躊躇わせる、あるいは、武力制裁を準備する側がむしろ“悪者”に仕立てられがちなのです。言い換えますと、既成事実化に持ち込みたい北朝鮮にとりましては、国際社会の善意に基く平和解決の原則もまた、“悪用”し得る戦略的道具なのです。実際に、過去二度に亘って北朝鮮は対話路線に導くことに成功し、“甘い飴”を受取る一方で、核・ミサイルの開発時間を確保しました。

 こうした現行の秩序に寄生しながらその転覆を図る北朝鮮の戦略を的確に表現する言葉はなかなか見つからないのですが、ここでは、一先ずは、“善性悪用戦略論”と名付けておくことにします。この戦略は、人類の善性、並びに、英知の結晶であり、多大なる犠牲を払って構築された国際社会の諸制度や原則を悪用し、人質にとる野蛮で邪悪な戦略として理解されます。善性に基づく制度をも破壊しかねない故に、単なる乱暴な“無法者”よりもはるかに質が悪く、全人類に災禍をもたらすリスクをも内包しています。この点、南シナ海での中国の行動も、国連安保理の常任理事国の地位、並びに、国連海洋法条約で認められた権利を受しつつ、話し合い解決の原則を逆手に取っており、“善性悪用戦略論”によって説明されます。そして中国のケースでは、常設仲裁裁判所の判決を一枚の紙切れとして破り捨てたことで、遂に、国際法秩序崩壊の危機にまで歩を進めているのです。

 善性を悪用する諸国の行為については、近現代の国際政治理論においては有効な処方箋が見当たらず、しいて言えば、リアリズムの立場から警察力としての正義の武力を行使するか、あるいは、核武装やミサイル防衛といった手法でこれらの諸国が“善性悪用戦略”で獲得し、既成事実化された軍事的優位性を無効化する他ありません(もっとも、北朝鮮側には、戦わずして降伏する選択肢がある…)。否、明確なる処方箋がないからこそ、この戦略は、前近代的な思考回路で行動する国や勢力にとって、極めて有効な戦略なのです。北朝鮮問題の場合には、後者の手法では、北朝鮮に核・ミサイルビジネスのチャンスを与えますし、中国のケースでは、既に南シナ海の軍事施設が運営段階に入っているため、防衛装備の拡充によって軍事基地を撤退させることは困難です。もっとも、中ロがバックとなっている北朝鮮と比較すると、中国の場合には、本格的な経済制裁によって体制崩壊に導く選択肢は残されているかもしれません。そして、“善性悪用戦略”を採用している国や勢力は、中国や北朝鮮ばかりではないのですから、国際社会では、同戦略に対する対応策の策定を急ぐべきと思うのです。(おわり)
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