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2017-01-30 00:14

(連載2)貿易による利益と損失

池尾 愛子  早稲田大学教授
 サミュエルソンの要素価格均等化定理はアメリカ経済学会ですぐに重く受け止められた。彼は同時に、貿易による利益(gains)と損失(losses)を明示的に論じ、貿易利益の敗者への移転を理論的に論じた。彼の場合、利益が損失を上回る貿易が考察の前提になっているようにみえる。敗者に「賄賂」を提供して経済厚生を改善する例まで登場するくらいであり、貿易をめぐる摩擦がアメリカ国内で激しい様相が行間から伝わってくる。彼は常に貿易による利益と損失に注目する議論を提示して、少なくともアメリカでの貿易理論と貿易問題の論じ方に大きな影響を及ぼした。

 貿易問題が注目されるたびに、サミュエルソンは国際収支データと自身の要素価格均等化定理を参照する講演を行ってきたようだ。彼の1964年論文はイギリスの『経済学・統計学雑誌』に発表された。彼は「米ドルが高すぎることが、アメリカの貿易赤字を生み出している」と論じた。そして、「米ドルが高すぎるので、アメリカ企業が他の先進国に海外直接投資(FDI)を行なっている、しかも、最新鋭の生産技術と経営管理方法が投入されている」と指摘した。「他の先進国」とはヨーロッパ諸国を指す。そして、「文字通り、私たちは雇用(job)を輸出してきたのである」とした。日本では後に「産業の空洞化」(直訳 the hollowing out of an industry)とみなされる現象である。英語圏では、「雇用の輸出」(job exportation)と呼ばれる。

 サミュエルソンはアメリカの『経済文献雑誌』に掲載された2001年論文では、日本、韓国、香港、シンガポール、台湾の経済発展にまとめて注目した。そして「東アジアの奇跡」について、世界銀行の1993年レポートとは異なる角度から議論し、欧米の技術やノウハウが重要であったのではないかとした。『経済展望雑誌』の2004年論文では、新興大国の中国とインドに注目した。2つの論文では表記の国々に対して厳しいコメントが寄せられている。というのも、情報技術の進歩と、各国間での生産技術の格差縮小により、要素価格均等化定理が現実に当てはまりそうな気配が感じられたからである。

 要素価格均等化定理は実際、国際経済問題に関心をもつ経済学者にはずしりと重く響く定理である。貿易問題が世論をにぎわすたびに経済学者たちの脳裏にまとわりついてきた。サミュエルソンの貿易理論論文を読むだけでも、アメリカ国内の摩擦の激しさを感じとることができるであろう。しかし、技術は停滞しない。技術進歩と技術革新は、研究開発マインドを持った人々(国籍は問わない)によって常に進められていることは忘れてはならない。(おわり)
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