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2007-01-31 09:45

「日中対話」の提起したいくつかの問題

池尾 愛子  早稲田大学教授
 1月23-24日に日本国際フォーラム、グローバル・フォーラム、中国現代国際関係研究院、国家開発改革委員会能源研究所の共催する「日中対話:日中関係とエネルギー・環境問題」が都内で開催された。この「対話」の準備をかねたセミナーが昨年10月8日に北京で開催されていた。私は不参加であったが、奇しくも同じ日に日中首脳会談も北京で行われて、政治面でも日中関係が急速に改善されてきていることが、中国側パネリストの発言からも窺えた。この日の「対話」は2部から成り、第Ⅰ部では政治・経済・安全保障がからむ駆け引きを含んだ基調講演・討論が行われ、第Ⅱ部では環境・エネルギー問題に関する議論のなかで共通認識とともに専門的見解の相違が浮き彫りになった。パネル参加した第Ⅱ部について、いくつかの論点を拾って、私の感想を述べてみたい。

 第1に、日本のODA(政府開発援助)を利用したプロジェクトによって、中国での省エネ・環境協力が進んでいることが紹介された。日本の民間部門による環境協力については、京都議定書に規定されたCDM(クリーン開発メカニズム)とJI(共同実施)を利用して二酸化炭素(CO2)の排出権を入手する方法が軌道に乗ってきていることがうかがえた。しかし、(主に石炭や重質サワー原油の燃焼に伴う)硫黄酸化物(SOx)の排出を押さえる脱硫技術の導入をめぐっては、高価でも最高の技術(90%以上の脱硫)の導入を希望する中国側と、費用対効果で中国の予算制約を考慮し、ベスト・プラクティス技術(70%程度の脱硫)の広範な普及を断固として勧める日本側で、専門家間の見解に相違のあることが確認された。

 第2に、エネルギー問題については、日中には対立する側面(資源獲得競争)と協力する側面(省エネ)があることが確認された。その上で、中国での省エネ協力を進める方向での論点が浮かび上がってきた。第1点は、協力の前提に関するもので、中国でのエネルギー統計の整備である。統計データがなくては、省エネ技術協力の事後検証・評価ができないのである。中国側パネリストの一人が統計作成を約束する回答を行ったので、今後、協力会議や実際の協力現場において、中国でのエネルギー統計の確認もお願いしたい。第2点は、中国の国内エネルギー価格が国際水準より低めに抑えられている問題である。日本側パネリストの多くは、省エネも基本的には市場メカニズムに頼って実施すべきであり、エネルギー価格は市場水準に引き上げるべきであると主張した。中国側は、パネリストの一人がフロアからの質問に答えて、中国のガソリン価格は日本より安いものの、他の生活物資に比べれば割高であると説明した以外は、沈黙を守った。電力については、中国側からも発電設備・送電設備での電力ロスが大きいことが指摘されたが、電力料金も卸売・小売の両段階で低めに抑えられていて、一部ではエネルギー多消費型工場の建設さえ誘発してきたことをここで追記しておこう。

 ただ中国では、日本の省エネ技術を中国の工場に導入するための方策が動いていることが紹介され、日中協力が新段階に入っていることも窺われた。国家開発改革委員会では、厳しい省エネ基準を設定し、それをクリアするために導入する必要のある技術について、各工場やプラントからの申請を受付け始めているとのことである。日本側では、日中経済協会(http://www.jc-web.or.jp)が事務局になって、12月21日に「日中省エネルギー・環境ビジネス推進協議会」が、中国での省エネルギー・環境対策をビジネス・ベースで協力して推進するため、産業界横断的な組織として設立されている(渋谷祐・エナジー-ジオポリティクス代表取締役と吉田進・環日本海経済研究所理事長のご教示に感謝する)。現在、協議会会員となる会社・団体を募集中で、5月に北京で予定されている日中省エネルギー・環境フォーラムが次の大きなステップになると期待されている。

 今回の「日中対話」を振り返っても、中国側の技術ニーズと日本側の技術供給がマッチし、協力がビジネス・ベースで進められるためには、膨大な量の情報を収集し、分析する必要があるように思える。他方で、酸性雨など環境汚染を防ぐため脱硫装置の導入は急がれるが、上で述べた2タイプの装置について、日中双方が協議して方針を示す必要があるだろう。中国側は、日本の政府より民間部門がお好きなようだが、問題の背景には、人為的な低価格政策や赤字国有企業の存続など市場メカニズムに逆らったものがあるため、日本側としては、常にマクロ的な視点から検討するとともに、入念な対応をとることも必要だと思われる。日本側からいえば、政府主導の制度間調整よりも経済界が先行する「日中協力」「経済統合」が当分続きそうな気配がある。協力が進むことは望ましいものの、制度軽視には危惧が感じられる。
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