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2015-08-26 10:33

戦略的転換迫られる安倍の対露外交

杉浦 正章  政治評論家
 「男なら腹切れ」と言うなら、さしずめロシアに対しては「男なら首吊れ」だろう。ドストエフスキーの小説の時代からロシアの自殺は首吊りと相場が決まっている。冗談はともかくとして対露外交が面白い。まだ誰も指摘していないが大局を俯瞰すれば、首相・安倍晋三の最大の武器は来年の伊勢志摩サミットの議長国として、プーチンの締め出しを定着化させられることだ。さらに今までやるふりだけをしていた対露制裁を、米国やカナダ並みのレベルにまで上げることも検討すべきだ。対露外交は甘い顔をした瞬間に付け入れられることを肝に銘ずるべきだ。ロシア人は鈍いから相当のパンチを効かせないと痛痒を感じない。プーチンがメドベージェフを使って対日強硬路線を強調するなら、安倍は外相・岸田文男と官房長官・菅義偉を使ってどんどん強硬発言をさせればよい。北方領土などはロシアがつぶれそうになって、日本に「買ってくれ」と言い出すまで、「欲しがりません」くらいのポーズが必用だ。当分は「戦略的棚上げ」でよい。

 プーチンがなぜこの時期を選んでメドベージェフに北方領土へと足を踏み入れさせたかだが、明らかに安倍に対する揺さぶりだ。安倍もサミット前にウクライナを訪問してプーチンの神経を逆なでしているから、その“返礼”でもある。揺さぶりというのはプーチには安倍が北方領土返還実現を渇望していると映っており、それを利用してここで揺さぶりをかけて、G7を分断しようという邪心がありありと見える。プーチンはやはり対露制裁で倒産企業続出のイタリアを訪問して分断を図っており、第一の狙いは「G7分断」だ。もともとプーチンに領土問題を本気で解決しようなどという気持ちはないのだろう。クリミア併合で国民の愛国心を刺激して支持率が90%に上がっているのに、返還などしたら支持率ゼロ%になると本心では思っているに違いない。だから安倍に対しては時々おいしい話があるようなそぶりをして、引きつけようとしているだけなのだ。プーチンは狡猾さにおいては世界の指導者の中で卓越した能力があるが、見破られてはどうしようもない。

 加えて世界的な孤立の中で中国国家主席・習近平の対露接近は渡りに舟の願ったりかなったりだ。折から9月3日には抗日戦勝記念式典が北京である。おそらくプーチンは安倍が出席すれば会談する方向であったと思われるが、KGBから「安倍訪中せず」の連絡をいち早く受け取ったのだろう。「それならやったれ」とばかりに、メドベージェフを訪問させたのだ。こともあろうにメドベージェフは「国後、択捉を“優先発展地域”とする」と宣言、日本の投資を呼びかけた。日本が応ずるわけがないから同時に韓国、中国にも呼びかけた。この際安倍は両国、とりわけ韓国に対して「日本の領土であり応ずるべきでない」とクギを刺すべきだ。副首相の切腹発言といい、人の神経を逆なでする術には長けているが、しょせんは権謀術数ばかりのロシア外交は王道を行くものではない。今ロシア経済の実態はG7による経済制裁、国際原油価格の下落、ルーブル安という「三重苦」に直面している。やがては共産党政権がそうであったように「切腹」ならぬ「首吊り」の憂き目を見かねない状況だ。

 一方で、一連のロシアの姿勢は安倍の極東外交戦略に大きな壁となって立ち塞がるものとなった。安倍は中露による反日共闘を回避するためもあって、ウクライナ問題でもロシアには比較的融和重視の路線を取ってきた。中露分断であり、これは基本的には正しい。しかし世界的に孤立している中露両国は「同病相憐れむ」路線を取り始めて、安倍による分断が現段階では難しい状況になってきたのだ。極東外交、とりわけ対露外交は中国とのバランスが常に重要な要素として作用する。日本がどちらかに接近すれば一方とは疎遠となる構図である。したたかな安倍がそのバランスを考慮しないわけがないが、当面は対中接近に傾斜してもよいのだろう。そして叩かなければ動かない「駑馬」ロシアをけん制するのだ。

 G7では、独首相メルケルが対露融和路線だが、米加両国はむしろ「対露制裁戦争」の様相を強めており、プーチンは相当追い詰められているのであろう。何を血迷ったか核兵器使用まで口にするに到っている。紛れもない新冷戦構造である。来年の伊勢志摩サミットまでこの関係が好転することは予想できない。一時は安倍周辺に同サミットでプーチンの復帰を模索すべきであるとの声もあったが、とても無理になったのではないか。安倍はプーチンの揺さぶりを逆手にとって、対ソ離反姿勢を強め、米国と同調するしかあるまい。北方領土は実効支配を定着させないために常に領有権の主張は続けるにしても、早期返還などは夢のまた夢だ。ロシアを政治的、経済的に追い詰め、1867年にアラスカを米国に売却したのと同様に、「売り食い」になるのを待つのも一興であろう。
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