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2015-07-14 06:48

歴史が証明するサイレント・マジョリティの存在

杉浦 正章  政治評論家
 安保法制をめぐる論議で筆者の脳裏から離れないのは、果たして「サイレント・マジョリティ(声なき声)」は存在するかどうかだが、歴史に準拠して考えてみることにした。国論を分断した過去の3大安保論争は、明治維新、戦争直後の講和論争、1960年の安保改定論争であるが、いずれもサイレント・マジョリティが確かに存在し、ノイジー・マイノリティ(声高な少数派)が最終的に敗北している。奇妙なことに、サイレント・マジョリティは後からジワリと国民に浸透し、広がるのだ。おそらく今回もサイレント・マジョリティは存在するに違いない。これは日本人が単一農耕民族で、近隣との争いを好まず、争っても引っ越すわけにはいかず、最後は和解せざるを得ないというDNAを持っていることに起因しているからに違いない。だから自分の意見は最後に勝負が決まるまで出さないか、勝負が決まりそうになって初めて出すのだ。

 明治維新は一般に嘉永6(1853)年の黒船来航から始まって、慶応3(1867)年の王政復古の大号令、慶応4(1868)年にはじまる戊辰戦争を経て、明治政府の誕生までの動きを指す。この過程において安保政策が「尊王攘夷派」と「開国派」に分かれて内戦が続いたが、結局「尊王攘夷派」が勝って明治政府を作るに至った。しかし、驚いたことに、この明治政府がとったのは、それまで命がけで否定してきた「開国欧化」政策であった。司馬遼太郎も指摘しているが、この明治維新のポイントは、尊皇攘夷の旗印が、権力闘争のための手段であった側面を物語る。単一民族である日本人は、個人、国政を問わず相手を打ち負かすための手段としての「争点」を常に必要としており、「開国派」は潜在的に多数であったに違いない。そうでなければ「開国」と同時に内乱が発生するはずであっただろう。奇妙なことにこのDNAは戦後の国論を割る2つの安保論争にも受け継がれ、「声高なる少数派」が衆院選挙で敗れている。

 まず吉田茂が取り組んだ単独講和だが、面白いことに当時もくっきりと政府対野党に加えて政府対左翼学者の対立の構図が出来ていた。吉田が単独講和なのに対して、ソ連や中国の共産主義の影響を強く受けていた学者らが共産圏も含めた全面講和を主張し、激論が続いた。1950年3月に東大の卒業式で総長・南原繁が全面講和を説いた。これに対して吉田は、胸がすくような切り返しを行って、勝負を付けた。自由党の両院議員秘密総会で「永世中立とか全面講和などということは、 言うべくして到底おこなわれないことだ。それを南原総長などが政治家の領域に立ち入ってかれこれいうことは、 曲学阿世の徒にほかならない」と史記の格言を用いて断じたのだ。幹事長・佐藤栄作も「象牙の党の南原氏が政治的な動きをするのは、国にとって有害」と同調したのだ。まさに自衛隊は違憲としてきた憲法学者が、自衛隊のあまりの支持率の高さに怖じけづいて、自説を曲げて反対を唱えなくなり、今度は朝日などの左傾化世論に阿(おもね)て安保法制違憲論を唱えている姿が、文字通りの「曲学阿世」そのものとして理解できる。それにつけても昔の政治家は見事な切り口を見せるものだ。たったの一言に大きな影響を持たせる。その後の1952年の総選挙で自由党が240議席(51.5%)の過半数を確保して、勝っている。サイレント・マジョリティは吉田に軍配を上げたことになる。それにつけても野党や「曲学阿世」の言うがまま全面講和などに動いたら、今の日本の繁栄はない。共産圏に組み込まれていたかも知れない。

 岸信介もサイレント・マジョリティに直接言及している。岸は60年安保の際「国会周辺は騒がしいが、銀座や後楽園球場はいつもの通りである。私には“声なき声”が聞こえる」と、“サイレント・マジョリティ発言”をしている。しかし最近の沖縄2紙の例と同じで、「左傾化している」などと本当のことを言うと、左翼マスコミに突っ込まれるのが日本社会の欠陥であり、岸は意図的な扇動に遭って、安保闘争を激化させ、死人も出て総辞職となる。しかし岸の発言は、その後の総選挙で的中した。池田が半年後の11月に断行した総選挙で自民党は296議席を獲得、圧勝している。岸は「安保改定がきちんと理解されるには50年かかる」と述べているが、50年後のマジョリティは安保支持だ。さらに加えて言えば、左翼と一部マスコミが挙げて反対した2013年の秘密保護法成立も、サイレント・マジョリティが2014年の総選挙で安倍自民党を圧勝させるという回答を出している。朝日は酒場で秘密の話をすると刑事につかまるという記事を書いたが、いまだに逮捕された者はいない。米国の例ではニクソンがベトナム戦争反対の学生運動の盛り上がりに対して、1969年11月3日の演説で「グレート・サイレント・マジョリティが存在する」と反論、やはりニューヨークタイムズやテレビなどリベラル派マスコミの袋叩きに遭ったが、1972年の大統領選で50州中49州を制して圧勝。筆者は当時特派員でニューヨークにいたが、民主党えこひいきの朝日だけがノイジー・マイノリティに引っ張られて「マクガバン旋風」などと対立候補が勝ちそうな記事を書いて、報道史に残る大恥をかいた。

 こう見てくると、安保法制におけるサイレント・マジョリティも必ず存在する。世論調査で8割が理解し難いと回答しているが、要するに難しいので分かりにくいのであって、不支持とは全く異なる現象だ。民主党代表・岡田克也は国会周辺のデモの広がりを指摘するが、まさに「群羊を駆りて猛虎をせむる」如きであり、安保の反対デモとは全く様相が異なる。民主党は重箱の隅をつついて、問題をより難解にしている。同党の質問者の多くが戦いに決まったやり方がないという「兵に常勢なし」、戦いは常に敵の裏をかく「兵は詭道なり」など中国古来からの戦略の基本を知らないで、大局を忘れた質問を繰り返している。したがって池田勇人のように少なくとも半年後までほとぼりを冷まして、それ以降選挙をすれば、サイレント・マジョリティが顕在化する可能性は大きい。ただし、抜かりはないと思うが、悔しくても政府・与党首脳は「サイレント・マジョリティが存在する」などと発言してはいけない。安倍のネットテレビにおけるわかりやすい説明で安心した国民も急増していると聞くが、衆院をたとえ単独採決で中央突破しても、参院段階でサイレント・マジョリティ向けに説得し続ければ、必ず効果は出てくる。そのことは、日本の安保論争の歴史が証明している。朝日は7月14日に大社説を掲げ、「生煮えの安保法制、衆院採決は容認できない」と採決反対を打ち出したが、日本繁栄の歴史は、全て朝日の主張とは逆の方向を選択すればよい事を証明している。
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