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2015-07-10 11:05

重要影響事態法の発動は集団的自衛権行使と見なされる

桜井 宏之  軍事問題研究会代表
 筆者が安保関連法案のうち、どういう事態に適用されるのかずっと疑問を戴いていたのが、重要影響事態法でした。今回、緒方先生の質問でおかげで、政府が南シナ海での米中武力衝突を想定していることが分かりました。中国による南シナ海での覇権拡張に米国が武力介入してくれるという事態は、ほぼ期待できないと筆者は考えていますが、仮にそのような事態に日本が重要影響事態法を発動した場合の問題点を指摘したいと思います。この法律を発動して自衛隊が米軍の後方支援を行った場合、日本は集団的自衛権を行使したと見なされる点について、法案を提出した政府にその自覚がない(あるいは知っていて黙殺している)ことに筆者は極めて危惧の念を抱いております。ご承知おきの通り、同法は周辺事態法での地理的制約を外して米軍の後方支援を可能とする法律です。

 周辺事態法は、1997年の「日米防衛協力のための指針」(以下「日米ガイドライン」)におけるⅤ項「日本周辺地域における事態で日本の平和と安全に重要な影響を与える場合(周辺事態)の協力」の実効性を確保するための法律でした。重要影響事態法は周辺事態法を改正するもので、その役割は同様に日米ガイドラインの実効性を確保するものです。日米ガイドラインは今年4月に改定され(重要影響事態法の制定はこの改定合わせたもの)、新ガイドラインでは上記Ⅴ項がなくなり、D項「日本以外の国に対する武力攻撃への対処行動」が新たに設けられました(D項にⅤ項が吸収されたとも言えます)。従って日米ガイドラインの観点から見ると、重要影響事態法の発動は日本がD項の責務を遂行しようとしていると少なくとも締約先の米国は理解することでしょう(この米国の理解を国際社会も共有すると思われます)。

 問題は、集団的自衛権行使と見なされるにも関わらず、重要影響事態法の制度設計自体は「平時」なのです。その証拠に同法では自衛隊の武力行使(戦時国際法ないし武力紛争法に従った武器使用)が認められていません。我が国が重要影響事態法を発動した時点で、国際社会は日本が集団的自衛権の行使を開始したと見なします。この時点で日本は、好むと好まないと関わらず国際法上、「交戦国」となります。交戦国同士は戦時国際法に従う限り、相手国に対する武力攻撃が合法となります。先に政府が示した南シナ海での米中武力衝突というシナリオになぞらえると次のような展開となります(国連憲章第7章に基づく措置が取られる以前という前提)。南シナ海で米中軍事衝突が発生すると国際法上、米国と中国はそれぞれ交戦国となります。その米国の後方支援を行うために日本が重要影響事態法を発動させ、自衛隊を派遣すると、日本は米国との軍事協定に基づき集団的自衛権を行使した(その理由は上述の通り)と中国は見なして日本を交戦国と扱います。

 交戦国の軍隊(自衛隊)は合法的な軍事目標なので、戦闘地域以外でも攻撃は合法です(自衛隊員のリスク論はこの点を理解していない議論となっています)。この攻撃に対して、重要影響事態法が認める武器使用は正当防衛、緊急避難の場合だけです。それどころか、日本国内にある自衛隊施設を攻撃することも(それに伴う民間の付随的被害も)合法です。なお、中国は弾道ミサイルでこれを行う能力を十分持っています。日本による後方支援を阻止するなら根本を断つのが確実ですので、それが行われないと期待することには無理があります。また交戦国間では相手国商船の拿捕が認められています。拿捕された積み荷の没収は合法なので、交戦国はこれを甘受しなければなりません。政府は「南シナ海で武力衝突があり、それによって我が国に物資を運ぶ日本の船舶に深刻な被害が及ぶ可能性があり、米軍等が対応している時に後方支援をする」と答弁しているそうですが、後方支援を理由に中国が日本を交戦国と見なして日本の船舶を拿捕する方が被害はより深刻でしょう。また、交戦国内にある交戦相手国の国家及び国民資産の凍結も非軍事的措置として認められているので(田岡良一「国際法上の自衛権」(勁草書房)369頁。)、中国国内にある日本の資産が凍結されることも覚悟しなければなりません(中国は米国に対しても同様の措置が取れる点を鑑みると、その危険を冒してまで米国が南シナ海での武力介入に踏み切ることは期待できないと筆者は考えています)。
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