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2015-05-29 23:04

なぜあえて「進歩主義」か

浅野 慎司  団体役員
 先日、私はこの欄に「『真の進歩主義』の復権を求めて」と題する一文を寄せましたが、それを見た私の知人が次のようなコメントをくれました。「21世紀に『進歩主義』という言葉を復権させたい、という趣旨はわからなくもない。たしかに世界は着々と前に進んでいるし、日本がその先頭に立つことも重要だ。しかし、やはり一旦『進歩主義』についた『色』はなかなか消せないのではないか。それに、『保守派』『保守主義』という言葉や立場は、冷戦を超えて現在に生き続けていて、それなりに認知もされている。それを今後も使い続けても何の支障もないんじゃなかろうか」。たしかに一考に値する意見です。では、なぜ私がわざわざ「進歩主義」という言葉をあえて復権させたいと考えているのか、以下で簡単に説明したいと思います。

 教科書的な話ですが、「保守主義」という言葉が史上初めて登場したのは、フランス革命の当時、革命の急進的な動きに抗し、いわゆる「旧体制」を擁護する立場の人々が出てきたときのことです。フランス社会に発生した特定の「作用」(革命)に対する「反作用」、つまりそれまでの体制を「保ち守る(conserve)」という動きを意味したわけです。たしかに、フランス革命には行き過ぎた面が多々あり、それに対し批判的な立場で臨むということは必要かつ大事なことだったと思います。保守主義の古典とされるエドマンド・バークの『フランス革命の省察』は今でも必読の名著です。このような「作用‐反作用」の構図は冷戦期にも見られました。マルクス主義や共産主義という、これまた極めて急進的な「作用」に対し「反共」という「反作用」の動きが世界的に拡がりました。これも十分理解できることです。そのような「反作用」なしに、今日の世界の平和と繁栄はありえなかったことでしょう。

 ただし、それゆえに冷戦時代、「保守主義」という言葉にも特定の意味合いが入らざるを得ませんでした。前回述べたように、当時のいわゆる「保守派」は、決して社会の進歩を否定していたわけではなかったのですが、赤く染まった「進歩派」あるいは「進歩主義」という言葉は使えなかったのです。つまり、この場合の「保守」とはあくまで相対的な概念だったのです。いずれにせよ大事なことは、「保守主義」は、フランス革命期しかり、冷戦期しかり、歴史の特定のモーメントにおいて発生した急進的な動きに対する「歯止め」の役割を果たしていた、ということです。それはたいそう意義ある役割だったと思います。しかし、そのような歴史の特定のモーメントを超えて、たとえば人類史の次元において、「保守主義」なる言葉を使うことははたして妥当なのでしょうか。言い換えれば、人類史の次元において、何を「保ち守る(conserve)」というのでしょうか。その答えは自明ではないはずです。

 加えていえば、保守主義には「特定の文脈」が不可避的に伴う、ということがあります。たとえば戦後日本の偉大な思想家・福田恒存さんの名言に「近所のそば屋を守ることが保守の真髄だ」というものがあります。私は個人的にはこの言葉に共感を覚えますが、これは「特定の文脈」の典型例でしょう。少なくとも国際社会に向けて高らかと発信する内容ではありません。近所のそば屋はわれわれ日本人が守りたければ守ればよいだけのことです。他方、外交戦略的にも、日本が世界に向けて、やたら「保守、保守」と唱えることは賢明ではないかもしれません。日本が世界各地で曲がりなりにも一等国の扱いを受けているのは、日本が「先進」国あるいは「文明」国だからであって、伝統国家だからではないからです。日本の伝統文化を観光資源として用いることは構いませんが、それはわが国の国家戦略の根本に据えるべきことではないはずです。豊かな歴史や伝統をもつ欧州諸国にしても、対外的に自国の伝統や歴史を持ち出して国家戦略を語ったなどという例を私は寡聞にして知りません。つまり私は、人類史の次元において、国際社会に向けて発信すべき、国際社会に通用する価値や理念を唱導しうる言葉を求めているのです。長い人類社会の歴史を通じて、人類が苦労を重ねてようやく獲得してきた価値や理念、しかし未だに全世界に定着しえない価値や理念を、今後とも追求し続けその普及に努める、と言う立場を指し示す言葉は、やはり「進歩主義」ではないでしょうか。
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