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2014-11-10 06:41

日中合意文書は6対4で日本の判定勝ち  

杉浦 正章  政治評論家
  尖閣問題について鄧小平は将来の対立を恐れて棚上げとしたが、日中両国は対立と軍事衝突の危機の現実に直面して、問題を「解決しない解決」とした。つまり「先送り」である。首脳会談では「先送り」することを関係改善の糸口とする選択肢をつかみつつある。その意味で首脳会談に先立って発表された合意文書は、首相・安倍晋三と中国国家主席・習近平が衝突回避でぎりぎりの選択をしたことになる。内容を分析すれば、中国側の固執した「領有権」と「靖国参拝」の文字が入っておらず、習がよく認めたと思える内容だ。習は当面日本とのいざこざがアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議に波及することを避けた形だ。玉虫色の外交修辞学が発揮された結果、今後両国で解釈の違いが顕著になる可能性があるが、「領有権」と「靖国参拝」の文字を回避しただけで6対4で日本側が判定勝ちだ。合意文書については、あまりにも玉虫色であるため、当初の報道では十分咀嚼(そしゃく)し切れていない。焦点は第2項と第3項にある。第2項は「双方は、歴史を直視し、未来に向かうという精神に従い、両国関係に影響する政治的困難を克服することで若干の認識の一致をみた」であり、いわば歴史認識条項である。3項は「双方は、尖閣諸島等東シナ海の海域において近年緊張状態が生じていることについて異なる見解を有していると認識し、対話と協議を通じて、情勢の悪化を防ぐとともに、危機管理メカニズムを構築し、不測の事態の発生を回避することで意見の一致をみた」で尖閣条項である。
 
 まず、この玉虫色を焦点の尖閣条項から解きほぐすと、ポイントは「尖閣諸島で近年緊張状態が生じていることについて異なる見解を有していると認識し」をどう解釈するかだ。中国側の従来の主張は「尖閣諸島の領有権問題の存在を認めたうえで棚上げすべきだ」であった。これに対して日本側は「日本固有の領土であり領有権は存在しない」の一点張りであった。なぜ妥協文が成立したかといえば、日中で解釈が異なる修辞技術があるからだ。中国側は「尖閣諸島で異なる見解」と解釈でき、日本が領有権問題の存在を認めたと解釈できる。日本側は「緊張状態の発生で異なる見解」と解釈するのだ。これは首相・安倍晋三が「日本としては領海に公船がはいってきていること、中国側には中国側の考えがあり、そのファクトを書き込んだ」と事実関係を書いただけとの解釈をしていることからもうかがえる。中国側は人民日報が「始めて文字による明確な合意」と報じて、領土問題の存在を日本側が認めたとの「官製解釈」を請け売りしている。習にしてみればそう解釈しなければ対日強硬派の突き上げを食らいかねないからである。

 一方で靖国問題について中国は、最後まで「安倍首相自身が参拝しないと確約すること」を会談の条件とした。しかし安倍は、交渉担当者に「絶対譲るな」と指示して、靖国の言葉を入れさせなかった。2項目目を要約すれば「歴史を直視し、未来志向で政治的困難を克服」するのであり、中国側は「政治的困難克服」は靖国参拝を指すと解釈する。これに対して安倍は「(靖国参拝という)個別の問題を含むものでは全くない」と全面否定している。しかし交渉の過程を想像すれば、完全否定は出来まい。なぜなら交渉では靖国問題をどうするかがテーマとして話し合われ、中国側が靖国神社の固有名詞に固執し、日本がこれを拒否するというやりとりの中で出てきた玉虫化の修辞技術であるからだ。当然中国側は靖国問題であると指摘することができる。しかし、靖国の言葉は入っておらず、時間の経過と共に外交文書は状況など考慮されない解釈が確立するから、中国側にとっては不利な条項となった。安倍が在任中は参拝しないことは政治的にも外交的にも常識化しており、その方針は内々中国側に伝わっているから妥協に到ったのであろう。

 文中の「若干の認識の一致」も変な表現だと思ったら、日本語では若干は「少しばかり」のマイナスイメージだが、中国語では「幾つか,幾らか」のプラスイメージだ。これも修辞技術が発揮された欺瞞であり、日米共同声明などでもよく使われる手だ。玉虫色の外交文書というのは、両国の力関係によって解釈が一変してしまうものである。従って安倍が賢明にも維持してきた日米安保体制の維持強化とアジア各国とによる中国包囲網への動きは維持せざるを得ないだろう。力の均衡がもたらした合意文書なのであり、日本が油断すれば紙くず同様となる。日本は国力を充実させて隙を作ってはならない。過去に条約ですら破棄された例もある。第2次大戦末期に息も絶え絶えの日本に対してソ連が日ソ中立条約を破棄して北方領土へと侵攻したことを忘れてはならない。息も絶え絶えになれば、隣国は蹂躙(じゅうりん)してくるのだ。海上連絡メカニズムなどは必要ではあるが、油断大敵なのである。
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