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2014-10-31 13:04

(連載2)イスラーム国空爆にみる欧‐米の温度差の深淵

六辻 彰二  横浜市立大学講師
 とはいえ、ISは実際に目の前にある脅威であり、抑え込むことができなければ自らにも災厄がふりかかってくるため、米国の責任を強調して何もしないという選択は、多くのヨーロッパ諸国にとって困難です。また、アフガン戦争やイラク戦争の記憶から、米国だけでなくヨーロッパでも厭戦ムードは顕著で、それを無視することは各国政府にとって不可能です。ヨーロッパ諸国にとって幸いにというべきか、米国オバマ政権も地上部隊の派遣は明確に否定しており、多くの国が空爆や後方支援といった限定的な関与を選択したことは、当然といえるでしょう。

 ただし、そこで注意すべきは、シリアでの空爆です。先述のように、ヨーロッパ勢でもイラクでの空爆に加わっている国はありますが、シリアで空爆を行っているのは米国と湾岸諸国だけです。10月3日、米国のヘーゲル国防長官と会談したフランスのルドリアン国防相は、米国側から「ISの脅威は特定の国境のなかにとどまっているものでない」と打診された「イラクだけでなくシリアでの空爆の可能性」について、明言を避けました。イラク戦争後、米国のバックアップの下で政権が樹立されたイラクと、米国政府が「テロ支援国家」に指定するシリアとでは、条件が異なります。イラクの場合、政府が国連などで各国に、ISに対抗するための協力を求めています。これに対して、シリアのアサド政権は自らISとの戦闘を続ける一方、8月25日にムアレム外相が「ISとの戦いにおいて『いかなる国とも』協力する用意がある」と発言。そのうえで、「シリア政府の承認なしに行われる空爆は敵対行為」とも付け加えました。
 
 アサド政権にとってもIS掃討は重要課題ですが、それを口実に米国がシリア内戦に直接関与してくることは、望ましくありません。そこで、むしろ「自らこそ正当なシリア政府」という立場を改めて堅持したといえます。もし、米国政府がアサド政権と協力して空爆をするなら、それは米国がアサド政権を「シリアの正当な政府」と認知することに他なりません。その認知は芋づる式に、「反アサド勢力は反体制派のテロリスト」「その鎮圧は妥当」という見解に行き着き、最終的には「テロリストを支援していた米国や湾岸諸国の行動は不当」となり得ます。ゆえに米国政府は米国や湾岸諸国は、アサド政権を支援するロシアなどから批判されながらも、シリア政府の同意ぬきでの空爆に踏み切っているのです。つまり、シリアでの空爆に参加することは、こじれにこじれているシリア内戦とそれをめぐる米ロの対決において、米国とほぼ全く同じ立場に立つことを意味します。ヨーロッパ勢がシリア空爆に消極的な背景には、米国と同じ立場に立つことの警戒感があるといえるでしょう。
 
 「欧米」という言葉に象徴されるように、米国とヨーロッパは一括りで扱われがちです。実際、その歴史的経緯から、文化や政治的立場には相当程度の類似性がありますが、しかし近年では特に外交方針をめぐって軋轢が生まれることも稀ではありません。2003年のイラク攻撃に国連安保理の場でフランスとドイツが反対し、当時のラムズフェルド国防長官がこれらを「古いヨーロッパ」と罵倒した一方、英国やスペインなど米国と行動をともにする各国を「新しいヨーロッパ」と称賛したことは、その転機だったといえます。イラク戦争が米国の国際的信用や威信を失墜させたことは、もはや否めません。そのなかで、ヨーロッパ各国は米国と距離を置き始め、独自の国際的立場の模索を加速させていきました。国際刑事裁判所(ICC)の事例は、まさにその典型でした。1998年の国連外交会議で設立が合意され、2003年3月にオランダのハーグに設立されたICCは、「戦争犯罪」や「人道に対する罪」などに関して責任ある個人を訴追・処罰するもので、場合によっては国家元首すらもその対象となり得ます。1990年代、旧ユーゴスラヴィアやルワンダなどで大量虐殺(ジェノサイド)をともなう殺戮が発生したことを受けて設立されたICCですが、米国は1998年段階で反対し、2000年にICC設置を定めたローマ規定に一旦署名しながら、2002年にこれを撤回。それは、米国政府や米軍が訴追の対象となることを恐れたためでした(オバマ政権下でその姿勢に軟化の兆しもみえる)。同様の理由で、中国やロシアも参加していません。(つづく)
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