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2014-09-03 17:47

NATOにおける米欧間の国防支出の格差

河村  洋  外交評論家
 9月4日から5日に開催されるNATOウェールズ首脳会議を前に8月29日付けの『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙は重大な図表を掲載した。ほとんどの国がNATOに加盟しているEUとアメリカの経済の規模はほぼ同じであるが、ヨーロッパ諸国はアメリカと比べて国防支出がはるかに少ない。ウェールズ首脳会議ではウクライナ危機、ISAF後のアフガニスタン、バードン・シェアリングなどが取り上げられる。本来ならNATOの集団防衛のあり方などは、積極的平和主義への道を歩み始めた日本にとって手本となるはずである。しかし防衛への加担の格差が大きいと、民主主義諸国の同盟の中でNATOがロール・モデルとなる資格に疑念を抱かせてしまう。

 その2つの図表について述べたい。最初の図表に示された加盟国ごとの国防支出の割合から見ると、アメリカが占める比率は2007年の68%から2013年には73%に上昇している。現在、アメリカの国防予算は財政支出強制停止によって大幅に削られ、政策形成者の間ではその悪影響を食い止めて必要な国防費を調達しようと努力を重ねている。にもかかわらず、NATOの国防支出でヨーロッパが占める割合は低下している。ナショナリスト化を強めるロシアとイスラム過激派の拡大にいたるまで安全保障に突きつけられる課題が多様化する事態からすれば、ヨーロッパ諸国の国防費がこれほどまで少ないのは不思議である。ロバート・ケーガン氏が論じるように、アメリカのマルスとヨーロッパのビーナスの食い違いは明白である。

 2つ目の図表では各加盟国のGDPに占める国防費の割合が示された。NATOは加盟国に最低2%の支出を推奨しているが、これを満たしているのはアメリカ、イギリス、ギリシア、エストニアの4ヶ国だけである。中にはカナダ、スペインなどのように1%以下の国もあるが、これでは古き消極的平和主義の日本と同水準である。驚愕すべきことに、バルト海沿岸のラトビアとリトアニアはそれぞれが0.9%および0.8%しか国防に回していない。両国ともロシアとの最前線にあり、ウクライナをめぐる緊張が高まるに及んでNATOの空軍が派遣されているにもかかわらずである。ヨーロッパ諸国は福祉国家を維持する必要があり、国防費に多くを割けないと主張する声もある。それは言い訳にならない。冷戦期のヨーロッパ諸国はGDPの4ないし5%ほどを国防費に充てていたが、高水準の社会保障を維持してきた。

 いかなる戦略であれ、それがどれほど優れたものであれ、充分な質と量の軍事力がなければ何も実施できない。アフガニスタンやソマリア沖での作戦に見られるようなグローバルなNATOの名の下に、ソ連崩壊以降の大西洋同盟の軍事力は縮小されてきた。今やウクライナ危機に見られるようにロシアが重大な脅威として再浮上してくると、NATOはヨーロッパに回帰してくる。しかし地域レベルであれ全世界レベルであれ、いかなる脅威も貧弱な国防力では対処できない。パックス・アメリカーナは有志の同盟国に基盤があり、それは世界が一極支配であれ多極化したものであれ、それどころか無極になってさも変わらない。大西洋同盟はその中でも中核中の中核である。NATOの分裂が進めば、それは同盟の弱体化と民主主義の世界の脆弱化をもたらし、やがては専制的な大国と中世さながらの宗教的狂信主義が支配する「暗黒時代」の再来を招いてしまうだろう。同盟を持続させるには何をすべきか。それは普遍的な問題である。
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