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2014-08-22 15:00

危機認識に問題はなかったか

尾形 宣夫  ジャーナリスト
 広島土砂災害の被害が拡大、安倍首相の災害対応への批判が高まっている。災害発生、ゴルフ、別荘戻り。首相にとってはせっかくの夏休みだったのに、山梨の別荘から首相官邸に行ったり来たりの往復だ。手際よく災害対応をしたものの、別荘に取って返したことが仇になったようだ。「上手の手から水が漏れる」ということわざがある。名人も思わず失敗をするという例えだが、安倍首相に当てはめることが適当なのか。少しばかり違うようだ。広島土砂災害は行方不明者がさらに増え、50人を超えた。もっと増える可能性が高いという。安倍首相は20日、夏休みを過ごしている山梨の別荘から急きょ帰京、災害対策の指示を連発した。森首相らとのゴルフを途中でやめ首相官邸に戻ったのだが、プレーを始める前には既に甚大な被害連絡は入っていた。それでも、プレーは始まった。官邸の菅官房長官から「急を告げる」連絡が首相の下に届いたのは、プレーが始まって間もなくだ。1時間後、首相はプレーをやめた。「これはまずい」と思ったのだろう。東京に取って返した。官邸危機管理官からの報告、各省庁への連絡、協力体制の指示、古屋防災相の現地派遣を決めた。

 この一連の対応に問題はない。さすが手際がいい、と言ってもいい。ただ、問題はこの後だ。首相は同日夜、山梨の別荘に取って返した。手配は済んだ、後は様子を見ようと思ったのだろうか。翌日、親しいJR東海の葛西敬之名誉会長らと懇談した後、また官邸に取って返す。9日から2週間の予定で取っていた夏休みを、週末を待たず打ち切ったのである。マスコミは首相の異例の長期夏休みを「自信の表れ」と褒めちぎった。20日のゴルフ中止も、災害対応のため「ゴルフを途中でやめて官邸に戻る」と好意的に報道した。だが、その日のうちに別荘に戻ったことについては、報道各社は何の疑問も示さなかった。後からは何とでも弁解できるが、首相の動静を淡々と報じたことに間違いはないのか。ぶら下がり記者の連絡に何も反応しないデスクもデスクだが、1人でも「別荘に戻っちゃっていいのかな」ぐらいの疑問を持たなかったのだろうか。それとも、「十分指示を出したし、せっかくの夏休みなんだから楽しんだ方がいい」と思ったのだろうか。

 事態が動いたのは野党が首相の別荘戻りを「信じ難い」「無責任」と批判したことに始まるが、決定的だったのは、両陛下が軽井沢静養を中止したことだろう。両陛下は広島被災の深刻さと、西日本一帯の豪雨禍の拡大を心配し、この夏の静養をすべて取りやめた。山梨の別荘に戻った首相が両陛下の静養中止を知らないはずはない。首相周辺は言及しないが、首相がまた帰京、夏休みを打ち切った裏には、こうした事情働いたことは間違いない。首相側近は首相の行動に何ら問題はないと釈明する。政権与党の公明党山口代表も「内閣はしっかり対応している」と擁護するが、首相に慢心がなかったか。首相の威風は永田町だけでなく霞が関の官庁街をも制している。その首相が別荘から戻って、矢継ぎ早に指示して災害対応が動き出したのだから「別に問題はない」というわけだ。別荘に戻ったことについても「体一つで飛び出してきた。資料を持ち帰る必要があった」と側近は言う。しかし、手際いい指示だけで済まない問題もある。政治の最高指導者は、危機に当たって自らをその先頭にあることを示さなければならない。

 歴代首相を超える長期夏休みで内閣改造、党役員人事を練ると報道各社は、例によって首相の「戦略的夏休み」を政局絡みの話題として、面白おかしく伝えた。大手新聞各紙に「首相動静」が載っている。首相の1日を伝える記事だ。この首相動静を見れば分かるが、別荘に行ってからの首相の動向は、親しい財界人、高級官僚、現役政治家など。そして彼らを交えてのゴルフ、会食が連日続いた。首相動静が首相の1日をすべて紹介しているわけではないが、動静を読めば首相が何を考え、注文を付けているかが想像できる。内閣改造、党人事だけであるかのような紙面の政局話よりも、景気対策、消費税増税、安保・外交がより大きな話題ではなかったのかと私は推測する。政局が頭の大部分を占める政治記者にとって、広島土砂被害対応はあまり重みがなかったのかもしれない。広島土砂災害を伝える紙面に「天の底が割れたような雨だった」という見出しがあった。時間雨量が100㍉前後という豪雨は想像もできない。その雨が広島市を襲った。宅地開発が進む日本列島は、どこでも同じような災害に襲われる危険性はある。天が「1強多弱」の政治の貧困を叱ったわけでもあるまいが、民主党・菅政権当時の東日本大震災、東電福島原発事故を思い出す。政治の貧困を見透かしたように自然災害が起きる共通性があるような気がしないでもない。ともあれ、安倍政権は「国民の命と生活を守る」を公言している。言葉だけでなく、自らその先頭に立つことを国民は注視している。
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