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2014-07-05 13:27

(連載1)安倍政権は幻想なき主体的な対露政策を

袴田 茂樹  日本国際フォーラム評議員
 最近の欧米諸国や日本の対外政策を見ていると、ストレスを感じることが多い。ロシアや中国の露骨なパワーポリティクスに対して、効果的な対応ができていないからだ。これに関連し、欧米や日本の対露政策やウクライナ問題への対応について、次の2つの問題点を指摘しておきたい。第1は、ロシアによるクリミア併合および「国際関係では力が決定的意味を有する」というロシア側の論理、および力によるクリミア併合を事実上黙認している欧米や日本の立場について。第2に、日本の対露政策の主体性について。まず、ロシアの論理であるが、クリミア併合の後、私はロシアの何人もの知人たちと話をした。一般の国民は、プーチンの政策を熱烈に支持し、彼の支持率は40-50%台から80%台に跳ね上がった。「ロシアは大国」という国民心理を大いに満足させたからだ。しかしロシアのある冷静な知識人は、次のように述べた。「クリミアを力で併合したロシアの政策も、事実上それを黙認している欧米や日本の政策も、きわめてシニカルだ」と。

 ロシアの政策がシニカルだというのは、国際法もウクライナの主権も無視し、「力がすべて」の政策を露骨に実行しているからだ。ロシアのメディアは、「クリミア問題では軍事力が決定的な意味を有した。ロシア軍は『戦わずして勝つ』という、孫子の最上の兵法を見事に成し遂げ、NATO軍はその無力さを露呈した」と気勢を上げた(『独立新聞』2014.4.18)。欧米や日本がシニカルだというのは、G7首脳会議の声明(6月4日)では「ロシアによるウクライナの主権侵害とクリミアの不法な併合を非難する」としながらも、クリミア併合は事実上黙認しているからだ。米国のオバマ政権は、もともと中国やロシアの政治の論理をリアルには理解していなかった。最近は国際的、国内的にオバマ外交の信頼が地に落ちたため、オバマは慌ててロシアに対しても欧州諸国より強い態度に出ているが、プーチンはその足元を見透かしている。また、ドイツやフランス、日本なども「商売大事」で、言葉では批判してもロシアには強い態度に出られず、結局クリミア併合は黙認している。ロシアの知人は、この態度をシニカルだと言っているのである。

 私は、この期に及んで欧米や日本に「ロシアに力で対応せよ」と言うのではない。力も必要だが、クリミアに関して率直に言えば、もはや手遅れだ。言いたいことは、この段階に至る以前の、冷戦後の欧米や日本の対露認識・政策があまりに拙劣だったということだ。第1に、冷戦後の欧米や日本で支配的となった「ポストモダニズム」の政治思想の楽天主義がある。ただ、これについてはこれまで幾度も述べてきたので、ここでは省く。第2に指摘すべきは、冷戦後欧米諸国は「弱体化したロシア」を事実上無視し、ロシア政治の論理もロシア人の心理も理解しようとしなかったことだ。したがって、NATO拡大やMD問題に対するロシア側の脅迫観念や被害者意識も理解できなかった。それが今回のウクライナ問題に直結しているということも、まだ十分には理解されていない。

 ロシアの論者たちでさえ、次のように欧米の対露認識・政策のお粗末さを酷評している。「冷戦時代は西側も真剣にロシアに対応したので、ソ連に対してリアルな認識を有していた。しかし、冷戦後は西側ではロシア研究は忘れ去られ、ベテランのロシア研究者も無視された。米国で彼らが無視されたのは、その見解がホワイトハウスや米国務省の聞きたいこととは異なっていたからだ。対露政策に関しては、オバマ指導部は単に国内政治の文脈で無内容なことを述べているに過ぎない」と。次に、わが国の対露政策について、強い懸念を述べておきたい。ウクライナ問題に関して、わが国は当然のことながら、G7と共同歩調をとって対露批判をした。問題は、わが国の対露制裁も単なる「お付き合い」だと欧米から不信の目で見られていることだ。他方ロシアからは、日本は米国などの圧力に屈していると、やはり不信感をもって見られている。端的に言えば、日本は自らのポリシーや原則で主体的に動いているのではなく、「姑息」に立ちまわっているだけ、と見られているのである。これは主権国家の威信という観点からも、外交戦略からも最も拙劣であり、長期的にはわが国にとって大きなマイナスとなる。(つづく)
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