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2014-06-23 11:12

ユーロ問題に解決策はあるのか-再考

池尾 愛子  早稲田大学教授
 2013年8月14日に本欄で「ユーロ問題に解決策はあるか」と題して、私はアリ・エルアグラ氏(Ali M. El-Agraa、福岡大学名誉教授)の『欧州連合:経済学と諸政策』(ケンブリッジ大学出版会、第9版、2011年)での議論を紹介した。その時より分かりやすく書けば、現行のユーロ圏は、各国通貨を利用する国々が「固定相場+資本移動の完全自由化+為替手数料の無料化」を組合せた制度を採用しているのと同等である。つまり、「現行ユーロ圏は固定相場制度を実施している」と考えればよい。

 6月11日に本欄で紹介した国際経済学会(IEA)の第17回世界大会(6月6-10日、ヨルダン)でも、ユーロ問題をめぐる政策セッション「ユーロ持続のための政策改革は何か」が8日に設けられていた。同セッションの前にヨーロッパやアメリカからの論客たちによって既に相当の議論が闘わされていたと感じられた。「ユーロという共通通貨制度は、固定相場制度ですね」という調子で発言したのはアメリカ人経済学者で、ヨーロッパ側から否定する声はなかった。これは予想の範囲内であった。さらに、「ユーロを導入すれば、経常収支問題について考えなくてすむようになると思っていたなんて」と発言したのもアメリカ人経済学者であった。これも「やっぱり」と感じられたものの、ヨーロッパ人エコノミストたちから無言での確認をとる形になったのは、多少衝撃的であった。

 同セッションでは、欧州中央銀行(ECB)の最近の政策も論題になっていた。2年程前に発表されていた国債買入れプログラム(Outright Monetary Transactions、OMT)、今年発表されたマイナス金利政策、いずれも『デット・オーバーハング』問題の解消を目指して導入されていると、ヨーロッパ人エコノミストにより説明された。『デット・オーバーハング』は2012年1月16日に本欄で「ユーロ危機の行方」と題して主に借手側から説明した。今回、貸手側から説明すれば、これは過剰債権や延滞債権(Non-Performing Loan、NPL)が累積していて新規貸出しが困難な状態で、日本では「貸渋りが発生している状況である」と表現される。ユーロ圏では要するに、「貸渋り対策」としての流動性(liquidity)注入や金融緩和の実施が必要になっているのである。

 欧州連合(EU)での共通通貨導入やユーロ圏の問題について、公表された説明や議論を追っていくと、「共通通貨を導入するために必要な条件や基準は何か」、「ユーロを持続させるための政策は何か」というように、常に、ユーロを中心に据えた問題の立て方になっていることに気づかされる。ユーロはユーロ導入諸国にとって守るべき価値そのものになっているかのようである。ヨルダンでアメリカ人経済学者が言ったように、「守るべきはユーロではなく、人々なのではないか」という疑問が出てくるのも当然である。ユーロ圏の人たちの議論を追っていると、何か転倒したものが感じられる。実をいうと、IEAが設立された1950年以降、しばらく最も熱心に議論されていたのが経常収支問題であり、容易には解消しがたい問題であった。ユーロ問題もいったん共通通貨が導入された以上解消しにくいのであろうが、議論の仕方や発想の仕方を大きく転換する必要があるのではないかと感じられるのである。なお、IEAヨルダン大会のプログラムや論文の一部は大会終了後も、ウェブサイトに残されている(http://www.webmeets.com/IEA/2014/Prog/)。
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