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2014-03-10 13:31

言語文化が社会科学の解釈・理解に影響する

池尾 愛子  早稲田大学教授
 科学技術の進歩は様々な影響を私たちに及ぼしてきたが、外国語の学習・修得に対しても大きな貢献をしてきたといえる。レコードやラジオ、カセットやCDで音声が伝えられ、テレビやDVD・ブルーレイで映像を伴うようになり、今ではオンライン上でも単語、音声、映像を拾え、自動翻訳ツールまで利用できる。その一方で、ワープロのおかげで日本語だけではなく、外国語も書きやすくなり、翻訳や添削サービスにもネットワークとサーバが利用されている。そのため、改めて外国語と日本語の相違にも注意が払われるようになってきているのかもしれない。2月半ばに開催された大阪大学言語文化研究科主催による国際シンポジウム「アジア太平洋地域への学際的接近:歴史と展望」において言語の壁(linguistic barrier)を指摘する論文があり、大変興味深かった。

 米ジョージ・メイスン大学のJ・ペイデン氏が、「国際商取引に際しても、知的財産権(特に特許)をめぐる紛争解決(dispute settlement)では、国内におけると同様に法律家・裁判所によるものがベストだと考えていたけれども、アジア太平洋協力会議(APEC)や世界貿易機構(WTO)の会議を通じて、そうではなく、代替的解決法がベターな場合があることが分かってきた」と述べた。そして参照されたのが、経済産業省の英語版ウェブサイトにある代替的な「裁判所以外による紛争解決」で、第三者である仲介者が行う Mediation System(調停制度)、仲介機関が行う Arbitration System(仲裁制度)、特許庁の判定制度を利用する Hantei System(判定制度)であった。「判定」に英単語が充てられていないことばかりか、三つの制度全てについて英語での解説に興味津津の様子であった。私が手軽に使える英語の辞書等を参照しても、Mediation や Arbitration の語義や和訳が不安定であることがわかるので、これらの定義は英語でも理解する必要がある。同ウェブサイトには、英語と日本語の両方での解説がある(英語版 http://www.meti.go.jp/policy/ipr/eng/ipr_qa/qa08.html)。

 ペイデン氏はヴァージニア州立ジョージ・メイスン大学にあるAPECセンター(CAPEC)の設立者・所長の一人であり、彼の発表を通じてアメリカ人達のアジア太平洋地域に対する関心の持ち方を改めて知ることができた。APECやWTOの活動の中でアメリカ人達の関心が最も高いのは、知的財産権の保護と関連する紛争の解決であると断言してよいようである。彼は、ナイジェリアなどアフリカの研究からスタートし、中国に「アフリカ学(African studies)」を確立した人としても知られている。さて、大阪大学主催シンポジウムの参加者を見ると、「オンブズマン制度はスウェーデンの発明です」と他の発表者の発言を訂正するスウェーデン人がいるなど、様々な地域・領域から研究者が集まっていて、非常に有益な集まりになっていた。中国本土からの参加者はいなかったが、中国の経済的台頭を意識した発表が多く、来年の会議報告書の出版が楽しみである。

 ここで、言語文化が絡む話題として、英語版『神道事典』の作成過程にまつわるエピソードも紹介しておきたい。まず可能な限り世俗的な日本語で書かれた『神道事典』(国学院大学日本文化研究所編)が1994年に出版され、日本語を読める研究者にとってはとにかく読み進められるものが利用可能になった。そのうえで、内外の研究者の協力により英訳が進められ、2007年頃に力作の英語版が完成した。世俗的日本語版について、「これだけ世俗的な日本語で書けば、神道の影響が日本語の隅々まで及んでいることがわかるでしょう」と関係者の一人が語っていた。さらに、「日本語での西欧の社会科学研究において、日本語での解釈に頼っている場合、日本語の影響を大きく受けていることが(海外の日本研究者から)指摘されていますが、私たちに言わせればそれは神道の影響だということになります」、とまで言われた。データや事実を踏まえた議論や、数学の洗礼を受けた経済学などでは(日本語自体が変化して)事情が違ってくるようであったが、こうした問題を議論するためには高めの語学力が必要であろう。その一方で、日本での研究・実践の成果が外国語で解釈・理解されることにより、現在共有されている理論の日本的ルーツが解明されたり、実践的分野を含む社会科学の幅が拡大したりすることを望む次第である。(Encyclopedia of Shinto, http://eos.kokugakuin.ac.jp/modules/xwords/)
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