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2013-02-09 23:10

(連載)イスラエルの対シリア軍事作戦が意味するもの(1)

六辻 彰二  横浜市立大学講師
 国際政治は時にビリヤードボールに例えられます。様々な角度から強弱様々な力が働いて、狙ったところに必ずしも行き着かない、という意味です。イスラエルによるシリアでの軍事活動は、これを思い起こさせました。1月30日、シリアの首都ダマスカス近郊で、地対空ミサイルなどが保管されていた軍事施設が空爆を受けました。これについて、バラク国防相はイスラエル軍がこれを行ったと暗に認める発言をしています。イスラエルからみて、イスラーム少数派のシーア派の一派アラウィー派が中核を占めるシリアのアサド政権は、「最も危険な隣人」です。1968年の第三次中東戦争でゴラン高原をイスラエル軍に占領されたシリアは、両国が隣接するレバノンのシーア派の過激派組織ヒズボラを支援し、その対イスラエル闘争を支援してきただけでなく、やはりヒズボラを支援し、核・ミサイル開発を進める、シーア派の一派12イマーム派を国教とするイスラーム国家イランとも同盟関係にあります。

 その一方で、2011年以来シリアで続く内戦に関して、イスラエルはこれまで目立った関与を行ってきませんでした。アサド政権に敵対する勢力は、多くの組織が混在しており、そのなかにはイスラームの多数派スンニ派の一派ワッハーブ派を国教とするサウジアラビアなどから支援を受けたイスラーム主義勢力もあります。大多数の反アサド勢力が結集し、西側先進国からの認知をとりつけたシリア国民連合にせよ、これに参加しない過激なイスラーム主義勢力にせよ、パレスチナの占領政策を続けるイスラエルと友好関係になれるわけでもありません。つまり、イスラエルからみれば、隣国の内戦は「誰が勝っても友人になれない者同士の争い」なのです。しかし、イスラエルには、いわば共倒れを期待して、シリア情勢に「高みの見物」を決め込むほどの余裕はありません。シリアの混乱が長期化するなか、支配力が低下したアサド政権から、兵器が流出する可能性は否定できません。なかでも、内戦発生後にシリア政府が保有を公式に認めた化学兵器がヒズボラに流出することは、イスラエルにとって死活問題です。実際、今回のシリア軍事施設の空爆を暗に認めたバラク国防相は、「アサドが倒れるときにシリアの高性能兵器がヒズボラの手に渡るのは許さないと、われわれは言ってきたはずだ」と述べています。

 さらに、シリアの盟友イランが核・ミサイル開発を加速させていることも、イスラエルの危機感を強めています。昨年12月、ネタニヤフ首相は「あと2ヵ月半でイランの核開発が最終段階に入る」との認識を示しました。IAEA元事務次長オリ・ヘイノネン氏は、イランがウラン濃縮のための新型遠心分離機を数千台設置できると指摘しています。また、1月28日には、イラン政府が生きたサルを乗せたロケットの打ち上げに成功し、サルが無事に帰還したと発表しました。このニュースの信憑性をめぐっては、イランの「捏造」という見方もあります。しかし、真偽はともあれ、イランが核・ミサイル開発の成果を強調すればするほど、これと敵対するイスラエル政府が神経をとがらせることになるのは確かです。

 これに加えて、イスラエル内部の政治状況も見逃せません。1月22日のイスラエル総選挙で、与党リクードと極右政党「我が家イスラエル」との統一会派が最大会派の座を維持し、ネタニヤフ首相は勝利演説で、イランの核武装阻止が最優先課題だと強調しました。ただし、リクード・我が家イスラエルは、選挙前の120議席中42議席から31議席に後退したこともあり、19議席を獲得して躍進した中道の新党「イエシュ・アティド(未来がある)」、極右政党「ユダヤの家」(12議席)と、やはりユダヤ教の影響が強い「シャス」(11議席)を加えた連立協議を進めています。このうち、イエシュ・アティドは、高い失業率や生活環境の悪化などに対する若年層の不満を背景に一躍第2党に踊りでた新党です。その支持者の多くは日常的な社会問題への関心が高いため、中東和平を前進させるとの立場をとっているものの優先順位は低く、対外的には右傾化が進むとみられています。(つづく)
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