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2012-11-26 09:59

(連載)米の世界最大産油国化で世界はどうなるか(2)

六辻 彰二  横浜市立大学講師
 現代の国際政治は、単純に経済力や軍事力が大きい方が立場上強いとは限りません。「相手との関係が遮断された時に被るダメージや損失」を、国際政治学では「脆弱性」と呼びます。脆弱性が高いのは、関係が切れた時により困る方、ということです。言い換えれば、相手との関係性が壊れた時に、よりダメージの小さい方が、相手に対して強い立場に立てる、となります。家のなかのことを全く知らず、靴下の場所もわからないご主人が、奥さんから離婚を切り出された途端に右往左往する状況で言えば、前者の方が脆弱性が高い、となります。

 グローバルな経済取引が増え、どの国も自らの存立を少なからず他国に依存する状況は、(北朝鮮など一部例外を除いて)ほぼ全ての国が、脆弱性という名のコストを払っていることを意味します。しかし、自国の独立性が損なわれるからそれがイヤだというならば、極論すれば自給自足に戻らざるを得なくなります。したがって、貿易や投資などで、多かれ少なかれ他国に依存しなければならない状況下で、リスク分散を図って脆弱性を低くすることができるか否かが、その国の独立性、言い換えれば国際的な発言力を左右する、一つの大きな要素となってきるのです。

 この観点から、対テロ戦争を遂行するために、米国が中東産原油の輸入量を減らしていったことは、その賛否はともかく、湾岸諸国への脆弱性を低減させるという意味で合理的な判断だったと言えるでしょう。しかし、原油価格が高止まり、コストの問題もあってバイオエタノールが期待されたほど普及しないなか、米国も最終的には豊富な埋蔵量を誇る湾岸諸国への依存を断ち切ることはできませんでした。これは原油を輸入する側の脆弱性の高さが、米国および西側先進国と、湾岸諸国との間の、微妙なバランスを保つ作用を果たしてきたことを意味します。ところが、オイルシェール、シェールガスの本格的な利用の開始と、それによって予測される、米国がエネルギーを自給自足できる状況は、このバランスを崩すことになります。IEAの予測によると、2035年には中東諸国の原油輸出の約90パーセントがアジア向けになるとみられており、その多くがエネルギー需要の高まる中国やインド向けになると想像することに、大きな無理はないでしょう。

 つまり、米国によるエネルギーの完全自給は、その外交的な独立性を高め、湾岸諸国をはじめとする中東、あるいはイスラーム圏に対して、より強硬な姿勢をとることを可能にする一方、これまで比較的穏健な立場にあった湾岸諸国を、西側先進国と必ずしも外交方針が一致しない、新興国サイドに一層向かわせる契機になり得るのです。その場合、例えば現下のシリア情勢をめぐって、西側先進国と中露が対立するような状況は、さらに過熱しやすくなることが懸念されます。その意味で、「シェール革命」は、国際環境の地盤を、まさに頁岩や泥岩のように液状化させる可能性をはらんでいるのです。(おわり)
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