国際問題 外交問題 国際政治|e-論壇「議論百出」
ホーム  新規投稿 
検索 
お問合わせ 
2012-09-19 06:28

尖閣問題:今最も深刻に捉えるべき事態とは

高峰 康修  日本国際フォーラム客員主任研究員
 尖閣諸島をめぐっては、日本による国有化宣言の後、中国国家海洋局所属の海洋監視船「海監」が尖閣周辺の海域の領海侵犯や接続水域への立ち入りを繰り返したり、中国・浙江省から漁船団が尖閣沖に約1000隻の規模で押し寄せる動きを見せたり、そして、中国国内では反日デモが暴徒化の様相を見せている。これらは、確かに、重大な問題には違いない。領有権問題のある海域では、まず漁船が押し寄せてきて、続いて、中海上保安当局の艦艇がそれを護衛する名目で進出してきて実効支配を強める、あるいは相手国の実効支配を崩していくという、いわゆるサラミ戦術をとるというのは、南シナ海でも何度も目にしている、中国の常套手段である。しかし、尖閣の場合、「海監」や「漁政」といった監視船による示威行為は今に始まったことではなく、中比間でのスカボローをめぐるにらみ合いなどとは異なり、我が国の海保の能力は高く、中国の圧力に直ちに屈するようなことは考えられない。

 漁船団の問題は、今回に関して言えば、むしろ、中国の中央政府が地方組織を掌握しきれなかった結果と考えるべきである。すなわち、漁業当局の浙江省における組織は、大規模漁船団の出漁を許可したが、これは中央の許可を得ずにした、跳ね返り的なものである可能性が高い。漁船が今のところ実際に押し寄せてきていないのは、そういう事情があるからであろう。考えてみれば、1000隻もの漁船がいっぺんに押し寄せてくれば、中国当局のコントロールが利かなくなる可能性が高く、そんなことを許すとは想定し難い。結局、領土問題が存在しないとしている日本側の立場に対して、挑発して、何とか国際化しようという、中国側の意図が最大の問題である。そして、その意図について、今や最も深刻に捉えるべき事態は、監視船による侵犯ではなく、中国当局が尖閣を、国連海洋法(UNCLOS)に基づき、領海(したがって排他的経済水域も)の基点とする海図を国連に提出したことである。

 中国外交部は、「UNCLOSが規定する義務を履行し、釣魚島の領海、基線を公布するためのあらゆる法的手続きが完了した」と言っている。これにより、我が国はもはや単に「領土問題は存在しない」という原則論だけを繰り返しているわけにはいかなくなった。国際法という「戦域」において、尖閣をめぐる「日中紛争」が本格化したことは疑いようもない。中国が仕掛けてきた「法律戦」を受けて立たなければならない。UNCLOSは、海洋に関する紛争を平和的に解決する手段として、海洋法裁判所、国際司法裁判所(ICJ)、仲裁裁判所、特別仲裁裁判所の4つを定め、いずれか一方の当事国の要請により、強制的にこの4つのいずれかの受け入れ、なおかつ拘束されることを定めている(拘束力を有する決定を伴う義務的手続き)。ただ、UNCLOSは、境界画定に関しては、「拘束力を有する決定を伴う義務的手続き」の例外であるとしている。すなわち、ICJと同様に両当事国の同意がなければ、裁判は開かれないということである。

 中国がUNCLOSに基づいて裁判の実施を求めてくるかは分からないが、そういうことになった場合は、我が国は、応訴する方向で考えてしかるべきであろう。さらに、賛否が分かれることとは思うが、UNCLOSが定める紛争手続きの規定に則って、我が国の方からから提訴するという選択肢も、必ずしも排除される必要はないのではないか。尖閣をめぐる「法律戦」に備えるためには、我が国は、尖閣を実効支配していることを世界に向けて明らかにすることが肝要である。尖閣における生態系の調査や環境調査、気象観測、海保や海自の艦艇・艦船が停泊できる港の整備などが望まれる。尖閣をめぐる歴史的事実の広報も、今まで以上に、効果的かつ活発に行われる必要がある。もちろん、尖閣をめぐる「紛争」は国際法の空間にとどまるものではない。島嶼防衛能力の向上と日米のさらなる連携強化が必要であるのは言うまでもない。尖閣の戦略的意義は、これを取られれば、沖縄全体や台湾が危機に瀕するということであり、それは結局、我が国が危機に瀕することに他ならない。あらゆる手段を動員して事態に対処する必要があるが、「法律戦」という要素の比重が増したことを、まずよく認識すべきであろう。
お名前は本名、またはそれに準ずる自然な呼称の筆名での記載をお願いします。
下記の例を参考にして、なるべく具体的に(固有名詞歓迎)お書き下さい。
(例)会社員、公務員、自営業、団体役員、会社役員、大学教授、高校教員、大学生、医師、主婦、農業、無職 等
メールアドレスは公開されません。
ただし、各投稿者の投稿履歴は投稿時のメールアドレスにより抽出されます。
投稿記事を修正・削除する場合、本人確認のため必要となります。半角10文字以内でご記入下さい。
e-論壇投稿の際の注意事項

1.投稿はいったん管理者の元へ送信され、その確認を経てから掲載されます。
なお、管理者の判断によっては、掲載するe-論壇を『議論百出』から他のe-論壇『百花斉放』または『百家争鳴』のいずれかに振り替えることがありますので、予めご了承ください。

2.投稿された文章は、編集上の都合により、その趣旨を変えない範囲内で、改行や加除修正などの一定の編集ないし修正を施すことがありますので、予めご了承ください。

3.なお、下記に該当する投稿は、掲載をお断りすることがありますので、予めご了承ください。

(1)公序良俗に反する内容の投稿
(2)名誉や社会的信用を毀損するなど、他人に不快感や精神的な損害を与える投稿
(3)他人の知的所有権を侵害する投稿
(4)宣伝や広告に関する投稿
(5)議論を裏付ける根拠がはっきりせず、あるいは論旨が不明である投稿
(6)実質的に同工異曲の投稿が繰り返し投稿される場合
(7)管理者が掲載を不適切と判断するその他の理由のある投稿


4.なお、いったん投稿され、掲載された原稿の撤回(全部削除) は、原則として認めません。
とくに、他人のレスポンス投稿が付いたものは、以後部分的であるか、全部的であるかを問わず、いかなる削除も、修正もいっさい認めません。ただし、部分的な修正については、それを必要とする事情に特別の理由があると編集部で認定される場合は、この限りでありません。

5.投稿者は、投稿された内容及びこれに含まれる知的財産権(著作権法第21条ないし第28条に規定される権利を含む)およびその他の権利(第三者に対して再許諾する権利を含む)につき、それらをe-論壇運営者に対し無償で譲渡することを承諾し、e-論壇運営者あるいはその指定する者に対して、著作者人格権を行使しないことを承諾するものとします。

6.投稿者は、投稿された内容をその後他所において発表する場合は、その内容の出所が当e-論壇であることを明記してください。

 注意事項に同意して、投稿する
記事一覧へ戻る
グローバル・フォーラム